叙述トリックについてのなぐりがき

叙述トリック」という言葉自体はミステリ用語だが、叙述トリックは別にミステリの専売特許というわけではない。いや、「『叙述トリック』はミステリにのみ適用される言葉なのだから、『叙述トリックは別にミステリの専売特許ではない』という言い方は矛盾している」と言う人もいるかもしれない。だったら言い換えよう。ミステリにおける叙述トリックと実質的に同じ技巧*1は他の文芸ジャンルでも用いられることがある、と。
たとえば――と例を挙げられるといいのだが、いくらミステリではないといっても作例を挙げるのは憚られるのでぼかした表現でご容赦願いたい――数年前に非ミステリの某新人賞を受賞した長篇異世界ファンタジーでは叙述トリックが単なる彩りではなく、物語の骨格をなしていた。まさかこの種の小説で叙述トリックで勝負するとは予想外だったようで、この作品は非常に話題を呼んだ。
もう一つ、比較的最近の例を挙げよう。こちらは異世界ファンタジーではなく学園ものだ。いわゆる「現代学園異能」でもない。この作品が最初に雑誌に発表されたとき、某氏が次のように述べている。作品名がばれてしまうので元記事を伏せて引用しよう。*2


読書中に頭の中で構築した世界がぐらぐらと崩壊していく感覚は、シリーズ中でも随一かも。文庫が出てから読む派の人、刮目して待て!
こう書かれてしまうと、期待は嫌でも応でも高まろうというものだ。いや、ここで「嫌でも応でも」というのは間違いだ。「いやが上にも」でなければならない。でもまあ、そんなことは瑣末時だ。
で、文庫が出たので期待しながら読んだのだが、残念ながら世界崩壊体験は得られなかった。一つには、「この作者なら叙述トリックを使ってもおかしくはない」という思いこみのようなものがあったせいかもしれない。思いこみはたいていは外れるものだが、たまたま今回は当たった。でも、この作品を読んでる最中にはあまり叙述トリックを意識してはいなかったようにも思う。どっちなんだ!
世界崩壊体験はなかったものの、別につまらなかったというわけではなくて、真相が明かされたときには「なるほど、これで話が繋がった」と腑に落ちる感じがした。だから、驚天動地の傑作とは言えなくても地味で堅実な佳作ではある、と評価はしているのだが、でも考えてみればふつう叙述トリックを用いた作品は読者を大いに驚かせるか白けさせるかのどちらかで、「地味」とか「堅実」というような語句はあまり馴染まない。なんでこんな印象を抱いてしまったのだろう?
と、そんなことを考えていたところ、解明のヒントに出くわした。今度は元記事を明示して引用しよう。ただし、キーワードはいちおう伏せておく。なお、「**」と「○○」には別の言葉が入る。

実際のところ、**誤認トリックの一般的な目的は**そのものの誤認ではなく、身体的特徴や社会的立場などのように**に伴って変化する他の属性を誤認させることであるといえます。したがって、誤認の幅(○○誤認させるか)はある程度大きくならざるを得ないでしょう。
なるほど、そういうわけだったのか。
件の作品では確かに**誤認トリックにより、他の属性*3を誤認させることに成功している。だが、真相が明らかになっても、誤認に形成された架空の属性が霧散するわけではない。いや、健全な常識の持ち主なら、真相が明らかになった瞬間に、それまでイメージしていた当該人物の属性が完全に打ち消されてしまい、がらりと認識が変わってしまうのかもしれない。たぶん、某氏はそのような体験を味わったのだろう。
だが、不健全な心性の持ち主にとっては、件の**誤認トリックの効果は単に**を誤認させるということであり、その誤認が解かれても別の属性についての認識が完全に払拭されるわけではない。そして、その認識を抱えたままでこの作品をもう一度読み直してみると、恐るべきことに、その認識が全くの誤りだという決定的なデータはどこにも書かれていないのだ。
なんということだ。×××が☆☆☆☆だったなんて!
……ああ、この文章、意味がわからない人のほうがずっと多いに違いない。叙述トリックを使った小説の感想を書くのは難しい。
でも、いいや。引用もとの某氏がこれを読んでにやりと笑ってくれれば*4それだけで満足だ。

*1:だが、このような言い換えはまどろっこしいだけなので、以下、ミステリの場合もそうでない場合も、ともに「叙述トリック」という言葉を用いることにする。

*2:検索すれば元記事を突き止めることは可能かもしれないが、ここで言及されている作品に心当たりがあり、既に読んでいる人以外はやらないほうがいいと思う。

*3:というか別の人物との関係なのだが、トリックの対象となる人物に焦点を絞れば属性だと言えなくもないので、ここでは特に属性と関係の違いを重視しないことにする。

*4:某氏とは面識がないので、具体的にどんな笑い方をする人なのかは知らないが、にやりと笑うことくらいはあるだろう。