「愛は差別」と人は言うけど

今日はこれから休日出勤+残業なので簡単に。


 愛とは、差別なのである。したがって、平等にすべてのものを愛するなどということはありえない。すべての命は平等に価値がある、と言うことは、じつは、すべての命には平等に価値がない、と言うことと等しい。
 だから、ぼくは、自分は命を大切にしている、と簡単に言うひとのことはあまり信用できない。どの命を大切にしているのだ、というその基本のところがぽっかりと抜けているからだ。
あれ?
「すべての命あるものには、命ないものの価値とは全く比べられないほどの価値がある。その観点では、命あるものはすべて同じ価値をもつ」と主張する人がいたとして、そこには愛=差別はないのだろうか? どうして、差別は「命あるもの」の内部に設定されなければならないのか?
どうも、海燕氏の議論には誤謬または飛躍があるように思われる。