生の芸術アール・ブリュット
この前の日曜日に、NHKの新日曜美術館で絶対唯一の表現者たち アウトサイダーアートの世界という特集を組んでいた。
「アウトサイダーアート」は「アウトサイダー・アート」とも書く。ウィキペディアの項目名はアウトサイダー・アートとなっている。なかぐろが入るかどうかで意味に違いはないと思う。「ショート・ショート」が「ショートショート」になり、「コミュニティ・ビジネス」が「コミュニティビジネス」になりつつあるように、外来語の複合語は日本語に馴染むにつけてなかぐろがとれる傾向がある。やがて「アウトサイダーアート」で統一されることだろう。
さて、この「アウトサイダー・アート」は「アール・ブリュット」ともいう……と書いてしまうとやや語弊があるかもしれない。もともと「アール・ブリュット」のほうが先にあって、後から「アウトサイダー・アート」という言葉が生まれたのだし、両者を完全に同義語だとみなしていいのかどうかも議論の余地がある。だが、言葉の問題に深入りするのはやめておこう。
新日曜美術館の特集では、今年1月から2月にかけて北海道立旭川美術館で開催された「アール・ブリュット/交差する魂 ローザンヌ アール・ブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート」展を中心に紹介していた。この展覧会は、現在、滋賀県にあるボーダレス・アートミュージアム NO-MAで開催されている。また、5月からは、松下電工汐留ミュージアム に巡回する。
旭川美術館は教育委員会所管の登録博物館*1、ボーダレス・アートミュージアムNO-MAは「アートミュージアム」とは名乗っているものの、滋賀県社会福祉事業団が運営している施設で、滋賀県教育委員会が作成した博物館・美術館・資料館リストには掲載されていない。汐留ミュージアムは日本博物館協会正会員になっているそうだが、たぶん登録博物館ではないだろう*2。公立美術館、社会福祉施設、企業ミュージアム、と設立母体も性格も違う施設で巡回展が開催されるというのは、ちょっと珍しいのではないかと思う。
それはともかく新日曜美術館に話を戻すと、今回のゲストは田口ランディで、実際に旭川美術館に行って展覧会をみている時の様子や、スタジオでの会話などが放送されていたのだが、どうにも当たり障りのない美辞麗句に終わっていたような気がした。アール・ブリュットの作家の多くは障害者なので、あまりネガティヴなコメントはしづらかったのかもしれないが、隔靴痛痒の感が禁じ得なかった。
番組で紹介されていた作品の実物はみたことがないが、これまで何度かアール・ブリュットにじかに触れる機会があった。その時の印象を一言でいえば「圧倒的な念の塊」だった。「念」と言ってしまうと抽象的過ぎてわけがわからないかもしれないが、これ以上適切な言葉が思い浮かばない。ごめん。
今、「アール・ブリュットの作家の多くは障害者」と書いたが、別にアール・ブリュットと障害者との間に概念的な関係があるわけではない。概念的に関係ないのになぜ実際上密接な関わりを有することになるのかといった事情について詳しく説明できるだけの知識があるわけではない。ただ、ひとつだけ指摘しておくと、我々の目に触れるアール・ブリュットは、アール・ブリュットとして制度に組み込まれたもののみである。正規の美術教育を受けていない人の作品が、にもかかわらず美術作品として受け入れられるプロセスを考えれば、社会福祉施設の存在は大きいだろう。施設を脱走し、アパートで暮らし、こっそりと創作活動を続け、死後に作品が発見されたヘンリー・ダーガーのような例は稀だ。
もしかすると、今もひそかにこつこつと誰にも知られずひとりで孤独な創作活動を行っている人がどこかにいるかもしれない。いや、きっといるだろう。その人は障害者かもしれないし、そうではないかもしれない。いずれにせよ、その人の作品がアール・ブリュットとして展覧会に出品される確率は著しく低い。無理解な家人に捨てられたり、転居の際に処分を余儀なくされたりして、散逸するのが大半だろう。よほどの偶然がなければ叶わない*3ことだと承知しているが、そのような密かな異形の偉業に一度でいいから触れてみたい、と思う。
*1:北海道の社会教育・生涯学習の資料ページ(生涯学習課)に北海道内の登録博物館と博物館相当施設の一覧表がある。県によってはインターネット上で博物館リストを公開していないところもあり、「いったいこの館は登録博物館なのか、相当施設なのか、それとも類似施設なのか?」という疑問を抱いてもなかなか調べられないことがある。よそでもぜひリストの公開をお願いしたい。
*2:東京都の登録博物館リストがないか調べてみたが、こんなページしか見あたらなかった。残念。
*3:自分が作者になればいいのだが、残念ながら根気がない。