ミステリ史上最年長の名探偵

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

オカルト探偵サイモン・アークはこれまでも雑誌やアンソロジーなどで何度か紹介されてはきたけれど、アークものだけで作品集が編まれたのは日本ではこれが初めてだ。知らない人は知らないだろうから、作中の記述から抜き書き*1して紹介してみよう。

「彼が何であるにせよ、狂人じゃない」わたしは言った。「じつのところ、サン・ジェルマン伯爵は四千年も生きていると主張していた。ありうることだ。それに、ドイツ人医師のパラケルススは悪魔と実際に戦ったことがあると考えられている。サイモン・アークの話はそれ以上に現実離れしているとは言えないはずだ」
「でも何者なの? どこから来たの?」
「それは誰も知らないんだ。ぼくの推測では、彼はかつてキリスト誕生後の数世紀のあいだ、コプト教の僧侶だったと思うが、そのあたりのことはあまり話してくれない。聖アウグスチヌスを個人的に知っていたと一度ぼくに話してくれたことがある。すると、年齢は千五百歳以上になる」

サン・ジェルマン伯爵とかパラケルススとかを引き合いに出してくるあたり、トンデモ風味満点だ。でもって、収録されている作品のタイトルをみてもB級ホラーテイストが窺われる。

  • 死者の村
  • 地獄の代理人
  • 魔術師の日
  • 霧の中の埋葬
  • 狼男を撃った男
  • 悪魔撲滅教団
  • 妖精コリヤダ
  • 傷痕同盟
  • 奇蹟の教祖
  • キルトを縫わないキルター

ただし、ホラーっぽいのはここまで、中身は全然ホラーではない。「オカルト探偵」といっても、ジョン・サイレンスや、カーナッキ、タイタス・クロウの系譜に属するわけではない。
この虚仮威しがたまらない。各作品を通読すると、かなりアレなのも混じっていて脱力することがあるのだが、だがそこがいい。これでこそ、E.D.ホックだ。ああ、惜しい人を亡くしたものだ。
「死者の村」はホックのデビュー作で1955年に発表された。その後、ホックは生涯書き続けた。アークものの最後の作品は2008年、すなわちホックの没年に雑誌に掲載されている。その間54年。
もしかすると、サイモン・アークの活動時期もミステリ史上最長か……と思ったが、単純に発表年だけで計算すればエルキュール・ポアロ*2の55年間に負ける*3。残念。

*1:「地獄の代理人」49ページ。

*2:1920年の『スタイルズ荘の怪事件』から1975年の『カーテン』まで。

*3:もしかすると、もっと長期にわたるシリーズがあるかもしれないが、思いつかなかった。ご存じの方はぜひご教示ください。