『うみねこのなく頃に』から連想したお薦めミステリ
はじめに
先日、『うみねこのなく頃に』(以下、「うみねこ」と略記)の第1話をプレイ終了したところだが、そのあまりにアレなナニのせいでまともな感想文を書くことができなかったので、その代わりに「うみねこ」をプレイして連想したお薦めミステリを紹介することにした。以下、使用上の注意を書いておきます。
- この企画は『うみねこのなく頃に』好きにオススメのミステリ小説 - 三軒茶屋 別館から想を得たものであり、その意味では二番煎じといえる。ただし、あちらは第3話までプレイしているのに対し、こちらは第1話を終えたところで投げてしまったので、自ずと連想した作品も違っている。たとえば、『うみねこのなく頃に』好きにオススメのミステリ小説では、『どんどん橋、落ちた』を紹介しているが、第1話の段階では特に似ているところはない*1。
- もう一つ大きな違いは、この企画が「うみねこ」好きの人へのお薦めミステリ紹介ではないということだ。正直言って、「うみねこ」を熱心にプレイして感銘を受けた人々がどのようなミステリに面白さを感じるのか、全く見当がつかないからだ。とはいえ、第1話の途中で放り出しそうになっている人*2に限定してしまうと、あまりにもピンポイントすぎるので、ここでは「うみねこ」好きとか「うみねこ」嫌いとか「うみねこ」に無関心とか、そういった事で対象を限定せず、ただ思いつくがままにお薦めミステリ作品を列挙することにした。
- じゃあ、「うみねこ」から連想したということに何の意味があるのか、自分でもよくわからないのだが、ただ漫然と何となく面白いミステリを薦めるよりも、何らかの縛りがあったほうがまとまりやすいという利点くらいはあるだろう。この記事では、ついでに「うみねこ」から連想した作品からさらに連想した作品に言及し、「あわせて読みたい」という形で紹介することにした。ただし、「あわせて読みたい」のほうは必ずしも「うみねこ」と類似しているわけではない。
- 取り上げるミステリは古今東西の名作からまんべんなく、というわけにはいかなかった。特に、最近の作品は、ここ数年ミステリから遠ざかっているため、ほとんど紹介できなかった。また、記憶が曖昧なため、もしかしたら作品の内容を間違えて紹介しているかもしれない。さらに、作品のタイトルを間違えて紹介している可能性もあるので、ブックガイドとしての信頼性はほとんど無に等しい。
- 各作品の紹介文では当然のことながら当該作品の核心に関わる事項をぼかしているので未読の方も安心されたい。ただし、企画の性質上、「うみねこ」をプレイした人が当該作品について予備知識を持ってしまうこと、あるいは、当該作品を読んだ人が「うみねこ」について予備知識を持ってしまうことは避けられないので、全く白紙の状態で読書/プレイしたい人は以下の文章を読むのを控えたほうがいいかもしれない。
では、始めます。
火刑法廷
- 作者: ジョン・ディクスン・カー,小倉多加志
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1976/05/01
- メディア: 文庫
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最後にオススメするはこの一冊。理由の説明は拒否します。不可能犯罪とオカルト趣味を題材とした作品を多数発表しているカーですが、本書はその中でも奇跡の一品とでもいうべき傑作です。時間がなければせめて本書だけでも読んでおかれることを強く希望します。
いきなり初っ端から先行記事と被ってしまったが、『火刑法廷』だけは絶対に外すことができない。同趣向の作品はこの前にもあり、この後にも多くの作家が挑戦し続けているので、オンリーワンではない。だが、文句なしにナンバーワンだと言える。
「うみねこ」から連想するカーの小説にはもうひとつ、『疑惑の影』*3がある。戦人ならぬバトラーが魔女と対決する話で、威勢がいいわりに頼りないバトラーの迷探偵ぶりも戦人に似ているといえば似ているが、さて『疑惑の影』をミステリとしてお薦めできるかどうかということになると、『火刑法廷』を差し置いて薦めるほどのものでもないよな、という常識的な結論に達した。
ミニ・ミステリ傑作選
- 作者: エラリー・クイーン,中村保男
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1975/10/22
- メディア: 文庫
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書店で見かけたら、とりあえず最初の「探偵業の起源」を立ち読みして買うかどうか決めたらいいのではないかと思う。
- あわせて読みたい
- 個人作品集*4でしかも全篇読者に推理させるゲーム型ミステリでまとめた『ちょっと探偵してみませんか』もお薦め。下手にやると「小説仕立ての推理クイズ」になるところだけど、これは小気味で洒落た大人の小説になっている。もちろん子供が読んでもOK!
そして誰もいなくなった
- 作者: アガサクリスティー,Agatha Christie,清水俊二
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/10/01
- メディア: 文庫
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個人的には「あのオチはなぁ……」という気もしないではないが、それもこれも全部ひっくるめて傑作中の傑作と言えるでしょう。
黒死館殺人事件
- 作者: 小栗虫太郎
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/05/02
- メディア: 文庫
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写真は、自殺記事に插入されたものらしい算哲博士で、胸衣(チョッキ)の一番下の釦(ぼたん)を隠すほどに長い白髯(はくぜん)を垂れ、魂の苦患(くげん)が心の底で燃え燻(くすぶ)っているかのような、憂鬱そうな顔付の老人であるが、検事の視線は、最初からもう一枚の外紙の方に奪われていた。それは、一八七二年六月四日発行の「マンチェスター郵報(クウリア)」紙で、日本医学生聖(セント)リューク療養所より追放さる――という標題の下に、ヨーク駐在員発の小記事にすぎなかった。が、内容には、思わず眼を瞠(みは)らしむるものがあった。
――ブラウンシュワイク普通医学校より受託の日本医学生降矢木鯉吉(算哲の前名)は、予(かね)てよりリチャード・バートン輩と交わりて注目を惹(ひ)ける折柄、エクセター教区監督を誹謗し、目下狂否の論争中なる、法術士ロナルド・クインシイと懇(ねんご)ろにせしため、本日原籍校に差し戻されたり。然(しか)るに、クインシイは不審にも巨額の金貨を所持し、それを追及されたる結果、彼の秘蔵に係わる、ブーレ手写のウイチグス呪法典、ルデマール一世触療呪文集、希伯来(ヘブライ)語手写本猶太秘釈義(ユダヤカバラ)法(神秘数理術(ゲマトリア)としてノタリク、テムラの諸法を含む)、ヘンリー・クラムメルの神霊手書法(ニューマトグラフィー)、編者不明の拉典(ラテン)語手写本加勒底亜(カルデア)五芒星招妖術、並びに栄光の手(ハンド・オブ・グローリー)(絞首人の掌(てのひら)を酢漬けにして乾燥したもの)を、降矢木に譲り渡したる旨を告白せり。
読み終った検事に、法水は亢奮(こうふん)した口調を投げた。
「すると、僕だけということになるね。これを手に入れたばかりに、算哲博士と古代呪法との因縁を知っているのは。いや、真実怖ろしい事なんだよ。もし、ウイチグス呪法書が黒死館のどこかに残されているとしたら、犯人の外に、もう一人僕等の敵がふえてしまうのだからね」
「そりゃまた何故だい。魔法本と降矢木にいったい何が?」
「ウイチグス呪法典はいわゆる技巧呪術(アート・マジック)で、今日の正確科学を、呪詛(じゅそ)と邪悪の衣で包んだものと云われているからだよ。元来ウイチグスという人は、亜剌比亜(アラブ)・希臘(ヘレニック)の科学を呼称したシルヴェスター二世十三使徒の一人なんだ。ところが、無謀にもその一派は羅馬(ローマ)教会に大啓蒙運動を起した。で、結局十二人は異端焚殺に逢ってしまったのだが、ウイチグスのみは秘かに遁(のが)れ、この大技巧呪術書を完成したと伝えられている。それが後年になって、ボッカネグロの築城術やヴォーバンの攻城法、また、デイやクロウサアの魔鏡術やカリオストロの煉金術、それに、ボッチゲルの磁器製造法からホーヘンハイムやグラハムの治療医学にまで素因をなしていると云われるのだから、驚くべきじゃないか。また、猶太秘釈義(ユダヤカバラ)法からは、四百二十の暗号がつくれると云うけれども、それ以外のものはいわゆる純正呪術であって、荒唐無稽もきわまった代物ばかりなんだ。だから支倉君、僕等が真実怖れていいのは、ウイチグス呪法典一つのみと云っていいのさ」
全篇この調子なので、読みにくいことこの上ないが、「うみねこ」の文章に耐えられる人なら読めるかもしれない。
ついでに調子に乗ってもう一箇所引用する。
グレーテは栄光に輝きて殺さるべし。
オットカールは吊されて殺さるべし。
ガリバルダは逆さになりて殺さるべし。
オリガは眼を覆われて殺さるべし。
旗太郎は宙に浮びて殺さるべし。
易介は挾まれて殺さるべし。
ねっ、「うみねこ」と似てるでしょ?
碑文谷事件
碑文谷事件―鬼貫警部全事件〈1〉 (鬼貫警部全事件 (1))
- 作者: 鮎川哲也
- 出版社/メーカー: 出版芸術社
- 発売日: 1999/07/01
- メディア: 単行本
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上では「碑文谷事件」が表題作になっている本を紹介したが、今から読むなら『わるい風 鬼貫警部事件簿』か『下り“はつかり”―鮎川哲也短編傑作選〈2〉』のほうが入手しやすいのではないかと思う。
魔術師が多すぎる
- 作者: ランドル・ギャレット,皆藤幸蔵
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1977/07
- メディア: 文庫
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せっかくお薦めしても入手が困難だとどうにもならないわけだが、最近の早川書房は思い出したように昔の名作を復刊する*8ことがあるので、希望を捨てずに待っていればそのうち巡り会える日が来るかもしれない。
ジェゼベルの死
- 作者: クリスチアナ・ブランド,恩地三保子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1979/01
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ところで、『ジェゼベルの死』は今は品切れのようで復刊ドットコムでリクエスト投票をやっているそうだ。復刊が待ちきれない人は『招かれざる客たちのビュッフェ』をどうぞ。
- あわせて読みたい
- 脳混乱ハードパズラー日本代表として『離れた家―山沢晴雄傑作集 (日下三蔵セレクション)』を。
おわりに
お薦め作品の紹介はこれで終了。「あわせて読みたい」を含めて12作品、どれも掛け値なしの傑作揃いなので、「うみねこ」がどうとか関係なしに是非多くの人に読んで貰いたいと思う。
実は、ここには挙げなかった作品がもうひとつだけある。その「13番目の椅子」に座るべき傑作のタイトルは……忘れた、ごめん。
エラリィ・クイーンの後期の作品で、犯人が立てた計画が意志を持ち、犯人の意向を無視して自動的に連続殺人が遂行されていくというオカルティックなミステリがあったはずなのだが、20年くらい前に図書館で借りて一度だけ読んだ小説なので、今となってはタイトルも細部も思い出せない。凄く鮮烈だった、という印象だけは記憶に残っているのだけど……。なお、この件について「あ、それタイトル知ってるよ」と思った人は自分の胸のうちにしまっておいてください。よろしく。
*1:『プリズム』と『世界の終わり、あるいは始まり』は読んだことがないのでわからないが、紹介文から察するにそれぞれ「うみねこ」の第2話以降の展開と似ているのだろうと思う。
*2:ここのコメントを読むと、「一本足の蛸」のプレイ日記を読んでいないそうだが、まるで自分が書いたかのようにそっくりな感想だったのでびっくりした。
*4:複数作家のアンソロジーと対比させるために「個人作品集」という言葉を用いた。一人で書いたのだと主張したいわけではない。
*5:小林信彦のオヨヨ大統領シリーズや神野推理シリーズに登場する警部。
*6:魔術師が出てくるのだからSFというよりファンタジーだろう、というツッコミもあるとは思うが、ミステリ用語としての「SFミステリ」にはSF的な設定のもののほか、ファンタジーの設定を用いたミステリも含めることになっている。昭和の半ばから終わりにかけて、日本では広義の「SF」の中にファンタジーも包含するという用語法が一般的であり、その時期に「SFミステリ」という用語が成立したからそうなっているのだ、と思っていたのだが、ここでは異説が提示されている。いずれにせよ、ファンタジー的な設定を用いていても、それが謎解き小説のルールとして機能することを意図されている場合には「SFミステリ」とみなすほうが混乱が少ないだろう。「幻想ミステリ」「ファンタジックミステリ」などの用語は「絵のない絵本」のような小説のために取っておきたい。
*7:こっちは大昔に買ったまま積ん読状態なので何とも言えません。
*8:たとえば『天外消失』とか。でも、抜粋じゃなく『世界ミステリ全集〈18〉37の短篇』を丸ごと復刊してほしかった。
*9:ネタそのものについてはここを参照。その1年後には既に風化していたそうで、今となっては記憶している人を探すほうが難しいだろう。なお、BAD_TRIPの移転先「BAD_TRIP 新装版」だったところはいまや何がなんだかわからないサイトになってしまっているが、再移転先のBAD_TRIP 特装版はいちおう存続している。4ヶ月更新していないけど。