表やグラフを作成するときには気をつけよう

鹿児島県阿久根市竹原信一市長(49)が、市のホームページ(HP)に2007年度当時の市長、教育長ら幹部を含む職員計268人の年収、給料、14項目の手当の明細を1円単位で公開していることが23日、わかった。

【略】

市HPの市政情報の欄に消防を除く全職員の給与を表組みで掲載。年間の給料に加え、扶養、地域、住居、児童、期末、勤勉など14項目の手当が記載され、正確な年収が明らかになっている。いずれも1円単位で給与総額が多い順に番号を振って公開。名前はないが、医師、市長、副市長、教育長は役職を記載している。

【略】

公開について、竹原市長は自身のブログ(日記形式のHP)で「19年度職員給与、手当明細も公開しました」と紹介し、市HPの該当サイトにつながるようリンクを張っている。そのうえで、「年収700万円以上の職員が54パーセント、大企業の部長以上の給料を受け取る人間が過半数にもなる組織が阿久根市民の上に君臨している」「職責や能力と給料の関係もデタラメとしか言いようがない」などと職員批判を展開している。

へー、また阿久根市か……と思いつつ、竹原市長の日記、さるさる日記 - 阿久根時事報を見に行ったところ、なるほど確かに上の記事で紹介された文章が掲載されている。

■2009/02/23 (月) 職員給料明細

19年度職員給与、手当明細も公開しました。

http://www.city.akune.kagoshima.jp/sisei/syokuin.pdf

そこで、リンク先のPDFファイル*1を見た。全5ページで、1ページめから5ページめの中ほどまでが「平成19年度決算 阿久根市役所職員(市長、副市長、教育長、正規職員)の人件費 (消防を除く)」という表、5ページの残りに「年収の状況」という表と「職員の年収と経費(共済費)合計のグラフ」というグラフがある。
一見して「何これ?」と思った。
以下、気づいたことを列挙しよう。

  • いちばん大きな表の左から2番目の列に「職員氏名」という項があるが、その大半が空欄となっている。空欄ではないセルには「医師」「市長」「副市長」「教育長」などと書かれているが、常識的に考えてそのような氏名の職員が阿久根市にいるとは考えにくい。職員氏名が書かれていない項の見出しを「職員氏名」とすることは不適切だ。また、第1列が単純に連番になっていることから、この第2列は実質的にこの表の柱に当たる部分となるが、そのような場所に空欄ばかりで情報量の少ない項を配置するのもまた適切ではない。おそらく、元データでは本当に職員氏名が入っていたのだろうが、氏名を削除して手入れする段階で情報価値が下がってしまっているのだから、右端に移動して項の見出しも「備考」などに変えておくべきだったのではないか。
  • 同じ表には「給料」「諸手当」「時間外勤務等」「期末,勤勉手当」「年収」「共済費」「経費合計」という項目が並んでいるが、「給料」「諸手当」「時間外勤務等」「期末,勤勉手当」の各項のデータは単位なしの数値であるのに対し、「年収」「共済費」「経費合計」のデータには\マークがついていて統一がとれていない。それぞれの項には円単位の金額データが入るのだから、セル内に\マークを入れる必要はなく、表の外に註釈をつけておけば足りる。
  • 「給料+諸手当+時間外勤務等+期末,勤勉手当=年収」そして「年収+共済費=経費合計」という関係がわかりにくい。「年収」と「経費合計」の欄だけデータセルに色づけをして、関係を表そうとした工夫は認めるが、セルの区切り線を変えれば、それぞれの項目の関係がより直観的にわかりやすくなったはずだ。
  • この表の個別データ行の下の「小計」の各データにはすべて\マークがなく、個別データに\マークのついている「年収」「共済費」「経費合計」の2列については数値の桁数にずれを生じている。理由は想像がつく*2が、それにしても見苦しい。金額の入っているセルの書式は全部統一すべきだった。
  • 「市長、副市長、教育長と正規職員にかかわる人件費の合計」の見出しセル及びデータセルに枠線がない。おそらく、文字数が多すぎるため枠線を表示させると見栄えが悪くなるという配慮からそうしたのだろうが、果たしてこの見出しにそれだけの文字数が必要だったのだろうか? 表タイトルに掲げられている事柄を省略して単に「人件費合計」と書いてはいけなかったのだろうか?
  • 2番目の表は「900万円以上」「800万円以上」などの区分別に該当する職員数を集計し、それぞれの人数の総職員数に対する割合を百分率で表したものだが、表タイトルが「年収の状況」という漠然としたものであるため、ややわかりにくい。「年収階層別職員数の割合」などと表記するほうがよい。なお、百分率でデータを表す場合は合計すると100パーセントになるように表を組むのが普通だが、この表ではたとえば年収900万円以上の職員はその下の各区分でも重複してカウントされるため、合計が100パーセントを大幅に上回っている。基礎データとしては「800万円以上900万円未満」というようにそれぞれの階層のみの人数を集計して比率を求めたものを用い、積み上げデータは参考値として併記するほうが便利だった。
  • 2番目の表の隣のグラフが荒っぽすぎる。「金額」が横に寝てしまっているが、これは縦書きにすれば正常に表示できた。また、横軸の数値目盛りも横に寝てしまっているうえに、24人間隔という非常に中途半端なものになってしまっている。目盛り間隔を0人から50人間隔にしておけば、このような不細工なことにならなかったはずだ。さらに見苦しいのは「系列1」「系列2」という表示。これでは系列1が何を表しているのかがわからない。そのほか横目盛り線が多すぎて見づらいという問題もある。

以上、表とグラフの細部にケチをつけたが、より大きな問題が別にある。それは、この表とグラフがいったい何を言わんとしているかが表そのもの、グラフそのものから伝わってこない、ということだ。
再び市長の日記に戻ると、こんなことを言っている。

年収700万円以上の職員が54パーセント、大企業の部長以上の給料を受取る人間が過半数にもなる組織が阿久根市民の上に君臨しているのだ。

これが言いたいのなら、1番目の一覧表は不要で、2番目の表とグラフがあれば足りる。いや、このグラフは、1人の職員の年収が突出しているということを如実に示してはいるが、「大企業の部長以上の給料を受取る人間」が多く、過半数を占めているということがはっきりと見てとれるわけではない。それよりヒストグラムのほうがよかったかもしれない。あるいは、より単純な円グラフでもそこそこ役に立っただろう。
個別データの完全な一覧表があれば、それを各々の関心に基づき分析して特徴的な結果を見出すことが可能となる。その意味では、各職員ごとのデータを公表することにも意義はある。しかし、それは他方で特定個人とデータとを結びつけて論評する契機ともなり、紛糾の種になる。はてなブックマークはネガティヴコメントが大勢を占めているのも当然のことだろう。また、個人情報絡みのトラブルを無視しても、圧倒的な分量のデータはしばしば全体像を見失わせるものであり、個別データの一覧表を掲載したせいで、逆に阿久根市職員の人件費がもつ統計的観点からみた特徴がぼやけてしまうという難点もある。
いかがわしい統計処理によって見る人を誤導するのは論外だが、目的に応じてデータを適正に加工処理することで、統計は大きな説得力をもつ。市職員が300人に満たない阿久根市にはもしかしたら統計処理に長けた職員はいないかもしれないが、誰だって最初からそのような技能をもって生まれてくるわけではない。総務省統計研修所なら研修料無料なのだから、そこでみっちりしごかれて研鑽を積めばいいのだ……と、関係者でもないのに宣伝をしてしまった。

追記

特に目を引くのが、09年2月20日夕方に公開された「給与明細」の一覧で、年間の給料に加え、扶養手当や住居手当など14項目の手当が記載されている。氏名こそ掲載されていないものの、市長や教育長などの幹部を含む全職員(消防を除く)268人分の年収が分かるようになっている。リストは年収順に並べられ、最も年収が多かったのが、市立診療所に勤務する医師の2586万円で、2位が市長の1016万円。3位には一般職員がランクインし、その額は909万円だ。これら268人分の人件費総額は約17億3000万円だ。さらに、2月24日の夕方にはファイルが差し替えられ、「手当」の項目が簡略化されたほか、リストに掲載されている人の54%以上が700万円以上の報酬を受け取っていることなどを示す記述も追加された。

本文で言及したのは差し替え後のもの。

*1:これは阿久根市: 市政情報(職員給与・定員・退職手当)からもリンクされている。

*2:「給料」列でSUM関数を使い集計したのち、セルごとコピーして他の列に貼り付けたため、もともと書式が「会計」になっていたセルの設定が「数値」に置き換えられたのだろう。