怖ろしくない「中世のロマンス」

小説すばる 2009年 09月号 [雑誌]

小説すばる 2009年 09月号 [雑誌]

かつて「世界三大リドル・ストーリー」というものがあった。最初に言い出したのが誰なのかは知らないが、日本では石川喬司の紹介で知られている*1
夢探偵―SF&ミステリー百科 (講談社文庫)

夢探偵―SF&ミステリー百科 (講談社文庫)

三大リドル・ストーリーのうち、フランク・R・ストックトンの「女か虎か」とクリーヴランド・モフェットの「謎のカード」については、同書で粗筋を紹介しているが、残るマーク・トウェインの「怖ろしい中世のロマンス」はタイトルを掲げるのみで、いったいどういう内容の小説なのか全く説明がなかった。たぶん、石川喬司本人も読んでいなかったのだろう。巻末の読書ガイドには「未訳」と書かれていた。
「怖ろしい中世のロマンス」!
いったい、これはどういう作品なのだろうか? 「女か虎か」や「謎のカード」と並び称されるからには、きっと面白い小説に違いないのだが。だが、未訳ではどうしようもない。原語で読むだけの語学力はないし、仮にあったとしてもテキストが入手できない。幻のリドル・ストーリーをいつかは読みたいと思いつつ、悠久の年月が流れた。
そしてそのうち、世界三大リドル・ストーリーのことはすっかり忘れてしまっていた。2005年にちょっとした機会に一瞬だけ思い出したけれど。
世界三大リドル・ストーリーのことを再度思い出したのは2007年のこと。
山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー (角川文庫)

山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー (角川文庫)

このアンソロジーリドル・ストーリーを集めた章が設けられて、「女か虎か」と「謎のカード」が収録されたのだ。石川喬司の名要約のおかげですっかり読んだつもりになっていたが、実は「謎のカード」はこのとき初めて読んだ*2
だが、この名アンソロジーにも「恐ろしい中世のロマンス」*3は収録されていなかった。またしてもタイトルのみの言及とは!
さらに2年を経た2009年のこと。

小説すばる」誌上で、『追想五断章』のモチーフの一つであるリドルストーリーについていろいろお話ししてきました。インタビュアーは書評ライターの小池啓介さんです。

なんと、マーク・トウェインのリドルストーリー「中世のロマンス」(勝浦吉雄・訳)が収録されています。

タイトルには「怖ろしい」も「恐ろしい」もついていないが、「マーク・トウェインのリドルストーリー」というのだから、この「中世のロマンス」こそが世界三大リドル・ストーリーのひとつであることは間違いない。これは是非とも読まなければ。
というわけで、早速書店に行き、「小説すばる」の今出ている号を買ってきた。前説にあたる米澤穂信インタビューを読み、そして、いよいよ「中世のロマンス」へ……あ、あれ?

【『マーク・トウェイン短編全集』(上) 文化書房博文社 より採録

未訳の「幻のリドル・ストーリー」じゃなかったのか!

マーク・トウェイン短編全集〈上〉

マーク・トウェイン短編全集〈上〉

でも、よく考えてみれば、この本が出たのは1993年だから、『夢探偵』が出た1981年より後のことだ。別に石川喬司が間違っていたわけではない。
と、いったんは納得したのだが、まだ続きがある。

もう1作、ぜひとも書誌情報を伝えておきたい作品がある。それは、マーク・トウェイン「中世のロマンス」だ。

この存在を初めて知ったのは、石川喬司『SF・ミステリおもろ大百科』早川書房(77)だった。同書には、以下のように書かれている。

『女か虎か』とともに世界三大リドル・ストーリーの古典とされているのはマーク・トウェインの『怖ろしい中世のロマンス』(1871)と、クリーヴランド・モフェットの『謎のカード』(1890)である。

「女か虎か」に感銘を受けた私としては、どちらも読んでみたくて仕方がなかった。だが、「謎のカード」に関しては巻末の「SF・ミステリ読書ガイド」に邦訳情報が掲載されていたものの、「怖ろしい中世のロマンス」は「未訳」という悲しい記述……。文庫化された『夢探偵 SF&ミステリー百科』講談社文庫(81)でも同様だ。

長い間、「怖ろしい中世のロマンス」は翻訳されていないものだと信じこんでいたのだが、ショートショートの研究を始めて数年後、何気なく古本屋で買った『マーク・トウェーン短篇全集 第二巻』鏡浦書房(59)を読んでいたら、同全集第1巻に「中世伝説 一篇」なる作品が収録されていると書かれているではないか。

これだ! 私は直感し、図書館に向かった。読んでみると、間違いない。確かにこれこそ「怖ろしい中世のロマンス」なのである。この全集はのちに出版協同社から新装版(76)が発行されていると知り、『マーク・トウェイン短編全集(上)』文化書房博文社(93)にも「中世のロマンス」というタイトルで収録されていると判明した。

さらに、『ショートショートの世界』刊行後だが、『マーク・トウェインバーレスク風自叙伝』旺文社文庫(87)にも「恐ろしき、悲惨きわまる中世のロマンス」として収録されていることもわかった。『マーク・トウェインバーレスク風自叙伝』は前から持っていたのだが、きちんとチェックしていなかったのだ。『ショートショートの世界』の読者には申しわけない限りである。

やっぱり、『夢探偵』より前に邦訳があったんじゃないか!
ところで「ショートショートの世界』の読者には申しわけない限りである」というのはどういうことだろう? 本棚から同書を引っぱり出してきた。

ショートショートの世界 (集英社新書)

ショートショートの世界 (集英社新書)

「女か虎か」について詳細に述べてきましたが、「女か虎か」がリドル・ストーリーの嚆矢というわけではありません。たとえば、「女か虎か」の十二年前、一八七〇年に発表されたマーク・トウェイン「中世のロマンス」は、まさに傑作リドル・ストーリーです。『マーク・トウェーイン短篇全集 第一巻』(鏡浦書房60、出版協同社76)、『マーク・トウェイン短編全集(上)』(文化書房博文社93)に収録されていますので、ぜひ読んでみてください(前者の邦訳タイトルは「中世伝説一篇」)。

うおおお、「中世のロマンス」に邦訳があることがちゃんと書かれているではないですかっ!
ショートショートの世界』は読んであるのに*4この記述をすっかり見落としていた。
さて、「小説すばる」に再録された「中世のロマンス」の末尾には次のような註釈がある。これを読めば、なぜこの邦題が、怖ろしくない「中世のロマンス」なのかがわかる。

原題は「A Medieval Romance」とする説と、「Awful Terrible Medieval Romance」とする説がある。旺文社文庫バーレスク風自叙伝』によると、本作は1871年に「バッファロー・エクスプレス」紙に発表され、1871年に諷刺画を交えた構成で単行本化された。「EQMM」でエラリー・クイーンが代表的なリドル・ストーリーとして挙げていて、そのことを『謎のギャラリー』で、北村薫氏が紹介している。氏は本作を《二つの結末の用意された話》と評している。 (編集部)

『謎のギャラリー』か。確か文庫版で持っていたはずだが……。

謎のギャラリー―名作博本館 (新潮文庫)

謎のギャラリー―名作博本館 (新潮文庫)

謎のギャラリー―謎の部屋 (新潮文庫)

謎のギャラリー―謎の部屋 (新潮文庫)

謎のギャラリー―こわい部屋 (新潮文庫)

謎のギャラリー―こわい部屋 (新潮文庫)

謎のギャラリー―愛の部屋 (新潮文庫)

謎のギャラリー―愛の部屋 (新潮文庫)

この4冊はほとんど手つかずの積ん読状態で、今もミカン箱の片隅で眠っているはずだ。ちょっとすぐには取り出せない。
さて、非常に前置きが長くなってしまったが、「中世のロマンス」の感想を書いておこう。
傑作だ。

*1:と断言してしまったが、別ルートで知った人も多いだろうし、そもそもあまり一般に流布しているわけでもないので、別に固執はしない。

*2:「女か虎か」は『世界ミステリ全集〈18〉37の短篇』で読んであった。

*3:石川喬司は「怖」を用いていたが、山口雅也は「恐」を用いている。未訳作品の題名の仮訳なのだから、どちらかが正しくてどちらかが間違いということはない。

*4:テーマがショートショートだけに、ごく短いが、感想文も書いてある。