ハイカルチャーとローカルチャーとメインカルチャーとサブカルチャーとアグリカルチャーとモザイカルチャー

予め断っておくが、この記事はアグリカルチャーとモザイカルチャーは扱っていない。関係ないのに見出しに入れたのはなぜかといえば、本文にはあまり内容がないのでせめて見出しだけでも飾り立てて賑やかにしておこうと思ったからだ。つまり、一言でいえば「枯れ木も山の賑わい」ということである。読者諸氏にとって「茶腹も一時」となれば幸いである。
さて、以前文楽とクラシック音楽とサーカスとストリップ - 一本足の蛸という文章を書いたところ、吐き気を催すほどに高尚な - Danas je lep dan.からリンクを張られていた。批判的な文脈での言及だったらそれをどう受け止めるか考えてみないといけないな、と思ったのだが、ざっと一読したところ特にコメントはなく、単なる参考リンクのようだったので、そのまま放置していたのだけど、今日ふと思い出して再読してみたところ、一つ気になるところがあった。

ハイカルチャーを滅ぼせ!」と言っているのでは決してない。決して。そうではなく,「同じ場所に立て」と言っている。

だから。すべての文化がハイカルチャーになり,同時にすべての文化がサブカルチャーになるのなら。きっとこんな批判は無意味になるし,もう少しこの世界は風通しが良いものになる。ヒエラルヒーを逆転させたいというのではない。そうなったらかつてのハイカルチャーの愛好者たちのルサンチマンがわれわれに襲いかかるだけだから。だいたいわたしたちは別にハイカルチャーを押さえつけたいわけじゃない。そんな秩序を望みはしない。

ここでは「ハイカルチャー」という語と「サブカルチャー」という語を対比的に用いている。もちろん「ハイカルチャーvs.サブカルチャー」という図式はごく一般的なもので、普通は特に問題にすることではない。ただ、大阪市文化政策という話題に言及する場合、果たしてこの図式はなじむのかどうかやや疑問がある。
拙文では次のように書いた。

クラシック音楽文楽はどちらもあまり大衆的ではなく「ハイカルチャー」だとして一括して論じる人もいるが、ハイだのローだのは長い目でみればあまり大きな論点にはならないのではないか。文楽は大阪が育んできた芸能であり、地域性の観点からは最優先すべきだろう。それに比べるとストリップとサーカスはやや優先順位が下がるが、基本的に決まったストリップ小屋で行われるストリップと、全国を巡回するサーカスを比べると、地方公共団体の支援がなじむのはストリップのほうだと思われる。どちらもそろそろ行政の支援がないと消えてしまいそうな芸能だが、大阪市がまず手を付けるとすればストリップが先だと考える次第。

さきほど、ハイだのローだのは大きな論点にならない、と書いたが、ある種の人にとってはかなり違和感があるのではないかと思う。文化に格の上下はないのか? ない、と断言するには勇気がいるので、ここでは「あるかもしれないが、それは不変ではなく歴史的に変化しうるし、同時代に限っても必ずしも評価は一定しない」とだけ言って逃げることにしようと思う。

「ハイだのローだの」と書いたのは、もちろん「ハイカルチャーvs.ローカルチャー」という対比を意図したものだ。拙文では「サブカルチャー」という語は用いなかった。特に意識して除外したわけではないが、後から振り返って考えてみると、この話題には「サブカルチャー」という語はなじまないように思われる。
このあたりの用語法が錯綜しているのをうまく整理した文章がないものか、と思って探してみたのだが、見つけられなかった。
仕方がないのでウィキペディアからの引用でお茶を濁しておこう。

日本では「ハイカルチャーサブカルチャー」という文脈においてサブカルチャーという言説が用いられているが、欧米ではむしろ、社会の支配的な文化(メインカルチャー)に対する、マイノリティの文化事象を指す言葉として使われている(この用語としてはROSZAK,T,が1968年The Making of a Counter Cultureにおいて用いたのが早い用法である)。日本では特撮、アニメ、アイドルといった、いわゆるオタク的趣味を指す場合が多い。それらは80年代に一般化しており、サブカルチャーとして定義するのは当初、拡大解釈だった。欧米の研究ではこうした文脈での日本のサブカルチャーは、サブカルチャー研究の領域というよりも、むしろ「メディア文化」研究の領域に含まれる。

サブカルチャーという言説が用いられている」という言い回しが気になる。用いられているのは言説か? 語ではないのか? だが、言葉尻にあまり拘るのはよくない。要するに「サブカルチャー」には「ハイカルチャー」と対比させる図式のほか「メインカルチャー」と対比させる図式があるということだけ確認できればよい。
メインカルチャーvs.サブカルチャー」という図式があることを知って、なるほどと思った。それまで「ハイカルチャー」「ローカルチャー」「サブカルチャー」の3つだけで考えていてうまく整理できずに悶々としていたのだが、そこに「メインカルチャー」を加えると一挙に見通しがよくなる。
いま話題にしている領域にはふたつの系列がある。

  1. ハイカルチャーvs.ローカルチャー
  2. メインカルチャーvs.サブカルチャー

これらの系列をそれぞれX軸とY軸とする座標を考えるとよりわかりやすくなる。図示すればいいのだが、面倒なので誰かかわりに描いてください。
ハイカルチャーとローカルチャーの違いは前者が高踏的で後者が大衆的であるということだ。それに対してメインカルチャーサブカルチャーは主流派か反主流派かという違いであり、評価軸は一致しない。
ただし、高踏的な文化に権威があり、その権威を背景に力を持つような社会においては、「ハイカルチャーvs.サブカルチャー」という対立構造が成り立つ。なぜなら、反主流派にはあまり力がないからだ。
また、文化の担い手の多寡という観点から考えれば、大衆は多数派であり反主流派は少数派であることから「ローカルチャーvs.サブカルチャー」という図式も成り立ちうることだろう。
そう考えると、かつて一部のオタクが「日陰者であり、かつ、選民である」という自意識を抱いていた理由の説明もつくのではないか。前世紀の終わり頃まで、オタクはハイカルチャー、ローカルチャー双方と対峙していたのだ*1。オタクの浸透と拡散が進み、市民権を得るに従って、このような自意識をもったオタクは減少し、いまや絶滅危惧I類(CR+EN)並だと思えるが、先日公表された環境省の第4次レッドリストには掲載されていないようだ。
ここまで本題。以下余談。
文楽とクラシック音楽とサーカスとストリップ - 一本足の蛸を書くきっかけとなった橋下市長、『ストリップも芸術』『曽根崎心中は自殺を美化?』 - TogetterNaokiTakahashiさんとtonden2さんの文楽助成に関する対話 - Togetterをみると、文楽世界遺産だと言っている人が複数いるのだけど、文楽はもちろん世界遺産ではない。
で、次のようにつぶやいた。

このツイートはもちろん「文楽は世界無形文化遺産だ」という認識を前提としたものだが、人形浄瑠璃文楽は「世界無形遺産」じゃないし,無形文化遺産は世界遺産じゃない - Danas je lep dan.を読んで自らの半可通ぶりが明らかとなり汗顔の至り*2
日記ではどう書いていただろうか、と過去の記事を検索してみると、

の2件ヒットした。
昔のことはよく覚えていないが、たぶん以前から「傑作宣言」という言葉は知っていて、それが「世界無形文化遺産」という味気ない言い方になったことに不満があったのだろう。本当は「無形文化遺産」の上に「世界」はつかないのだとは知らなかった。
ところで、

無形文化遺産」だと普通名詞としても運用できてしまうから,UNESCOによる「無形文化遺産」制度のことを特に指す場合に,不正確だとわかっていても「世界無形遺産」と言ってしまいたくなる気持ちはわかるのだけれど,「世界遺産」とかとごっちゃになってしまいかねないわけで,どうなのかなあとも思う。

と書かれているとおり、「無形文化遺産」という語は特定の制度に基づかない一般的な用語としても用いられる。というか、むしろそちらのほうが第一義だ。
無形文化遺産の保護に関する条約*3第3条第1項で一般的な用語として「無形文化遺産」を定義したうえで、第16条第1項で、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表の作成・公表について定めている。いわゆる「世界無形文化遺産」はこの一覧表に記載された無形文化遺産のことだが、ではこの一覧表に記載されていない無形文化遺産と区別して何とよべばいいのか?
日本の文化財保護法では、第2条第1項第2項で一般的な用語として「無形文化財」を定義したうえで、第71条で「重要無形文化財」の指定手続について定めている。この「重要無形文化財」に相当する用語が無形文化遺産保護条約にはない。
条約の書きぶりを生かすなら「代表的無形文化遺産」とでもいうことになるのかもしれないが、これでは制度的に選ばれたものという含みが弱い。まあ「重要無形文化財」でも素直に読めば「重要な無形文化財」なのだが、こちらは既に定着した用語となっている*4
一覧表に記載された無形文化遺産だということで「記載無形文化遺産」とか、法令によく出てくる「一言では説明しにくいけれどとにかく特定の何か」を表す「特定」をつけた「特定無形文化遺産」とか、そういった代替案も考えてみたが、やはり「世界無形文化遺産」にはかなわない。「ユネスコ無形文化遺産」が穏当なところか。いや、「ユネスコ」だけでは国際連合教育科学文化機関なのか公益社団法人日本ユネスコ協会連盟なのかがわからないぞ。ユネスコ未来遺産と混同したらどうするんだ。そもそも、黒柳徹子とアグネス・チャンとでは同じ「大使」でも……あ、あれはユニセフ*5
……だんだん錯乱してきたところで、この話はおしまい。

追記(2012/09/09)

ハイカルチャーとローカルチャーとメインカルチャーサブカルチャーの関係をわかりやすく図にしてくれた人がいるので、参考のためにリンク。

上の本文では「サブカルチャー」という語の用法に詳しく立ち入らなかったが、「(本来の)サブカルチャー」と「(広義の)サブカルチャー」を分けて考えれば見通しがよくなるということがよくわかる。なるほどなぁ。

*1:その一方でオタクはサブカルとも緊張関係をもって向かい合うというややこしい状況だったのだが、ここでは「オタクvs.サブカル」という図式には立ち入らないことにする。この話題については多くの人々が論じているが、最近ではあなたは本当にオタクですか?/オタクとサブカル、ヤンキーと体育会系 - デマこいてんじゃねえ!が面白かった。そこでは「サブカルチャー」と「サブカル」を明確な区別していることにも注意。

*2:ほかに「世界農業遺産」も念頭にあったが、これも正式名称ではないらしい。

*3:外務省のサイトにPDFファイルがあるが、見やすさを考えて本文ではウィキソースにリンクした。

*4:制定当時の文化財保護法には重要無形文化財の制度はなく、1954年の改正で初めて制度化されたものだが、それでも半世紀以上前のことだ。

*5:黒柳徹子ユニセフ国際親善大使で、アグネス・チャンユニセフ地域大使だそうだ。ユニセフ親善大使の一覧 - Wikipedia参照。