都会とか田舎とかについて語るには

「地方都市に住んでヨソ者=「2級市民」として扱われた違和感。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」に感じた違和感以上の何か - 一本足の蛸を書いたあとでいろいろと思うところがあり、地方都市に住んでヨソ者=「2級市民」として扱われた違和感。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月からリンクを張られていた記事を再読してみようと思ってさっき見に行ったところ、リンクを含めて全文削除されていた。
事実誤認している箇所があったとのことで、確かに事実関係で首を傾げるところも多かった*1のだけど、できれば見え消しか何かで対応してもらいたかった。
それはさておき、地方都市に住んでヨソ者=「2級市民」として扱われた違和感。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月で紹介していたのと全く同じかどうかは自信がないが、都会と田舎と - taronの日記に関連する話題を扱ったここ数日の記事へのリンクがあった。

ここに掲げた各記事はそれぞれ都会や田舎に関する考え方が違っているのだが、一つ大きな共通点がある。それは、自分の経験を主な材料として語っているということだ。
「当たり前じゃないか、そんなこと」と思う人もいるかもしれない。「『ここに掲げた各記事には大きな共通点がある。それは、日本語で書かれているということだ』などと指摘しても瑣末なことでしょ?」
確かに、自分の体験をもとに語るというのは、個人が趣味で運営しているウェブサイトではごく当たり前のことで、ことさら強調することではない。しかし「自分の居住環境の状況」についての認識が経験に依存しているだけでなく、「都会のイメージ」「田舎のイメージ」もまた経験に依存している、という指摘なら見かけほど瑣末なことではないだろう。
都会とはどのような空間であり、田舎ではどのような空間であるかということにはある程度社会的に共有されたイメージがあって、特に厳密な議論をするのでなければ、「都会」「田舎」という言葉を説明なしに使っても通じるものだと思っている人も多いかもしれないが、実際には人によって全然捉え方が違っている。それは、それぞれの話者がこれまで過ごした居住環境の違いや、居住地移転の有無などの条件が違っているからで、極端な言い方をすれば、上でリンクした各記事の筆者は「同じ話題について別の見解を述べている」のではなくて、「異なる話題を同じ言葉で表現している」のだ。
他人のことばかりあげつらっていても仕方がないので、自分の文章にも言及しておこう。
先日、Twitterで次のように呟いた。

どうだろう? ここで示した「田舎のイメージ」はあなたが抱いているものと同じだろうか。
最初に「極論を言うテスト」と断ったように、ここに掲げたツイートは、典型的、ないし標準的な「田舎のイメージ」をあらわそうとしたものではない。しかしながら、これらはすべて自分自身の生まれ育った環境についてのコメントだ。あえて、特殊な経験に基づく「田舎のイメージ」を提示してみることで、人々がなんとなく共有しているかのように思っている「田舎のイメージ」*2に揺さぶりをかけてみようと思った……というのは後付けの理屈であって、これらを呟いたときにはそこまで考えていたわけではなかったのだけど。
誰しも自分の経験から完全に逃れることはできない。一般論を語っていると思っている場合、または、一般論を背景として個別事例を語っていると思っている場合でも、知らず知らずのうちにバイアスがかかっていることがある。バイアスがかかっていてもさほど問題のない話題もあるが、都会とか田舎とかに関する話題はときに社会的差別の源泉になることもあるので、できればバイアスに自覚的であってほしいと思う。
もちろん、個人ウェブサイトの趣味の文章は学術論文ではないのだから、いちいち先行研究を引用したり統計データを調べたりして身構える必要はない。気軽に書く雑文のなかでどの程度の気配りが必要なのか、明確に示すことはできない。「2級市民」云々はさすがに度が過ぎているだろうと思ったので単独で取り上げたが、他の記事に対しては特に批判的意図を持っているわけではない。「上から目線で偉そうに……」と不快に思われる方がいるかもしれないが、どうかご容赦願いたい。

追記(2013/01/20)

本文を書いたあとに、都会や田舎について語る際に使える資料がないかと考えてみた。この分野には既に多くの研究論文の蓄積があるのだろうとは思うが、あまりよく知らないし、いきなりアカデミズムの世界に足を突っ込んでいくのではなくて、もうちょっと「気楽に書く雑文」の参考として気楽に読めるものはないものか……と布団の中で思いを巡らせているうちに夜が明けて、朝日とともに思いついたのが、青空文庫 Aozora Bunkoを参照してみるのはどうか、という案だった。
なぜ青空文庫かといえば、

  1. インターネットで無料公開されていて、ウェブブラウザで手軽に読める。
  2. 一部の例外を除き、著作権の切れた50年以上前の文章ばかりなので、昔の人のことばを通じて今の自分の考えを相対化するきっかけに使える。
  3. 学術論文よりも小説や随筆などの比較的気楽に読める文章が多い。

という特徴があるからだ。
そこで、ささっと検索して、なんとなくそれっぽいものを5つ選んでみた。

どの文章も示唆的だが、いちいちコメントはつけない*3。興味のある人はぜひ読んでいただきたい。

*1:町内会費には消費税がかからないのに、どうして525円という半端な金額なのか、とか。

*2:その内実はてんでばらばらなのだが。

*3:なので、別項を仕立てるのではなく、「追記」とした。