証拠の目的外使用と懲戒請求

こんな記事を読んだ。

NHKの番組に刑事事件の取り調べの録画DVDを提供したことが刑事訴訟法で禁じられた証拠の目的外使用にあたるとして、大阪地検懲戒請求された男性弁護士(大阪弁護士会)が毎日新聞の取材に応じ、DVD提供の理由や経緯を語った。【日下部聡】

【略】

刑事訴訟法は弁護人による証拠の目的外使用について、対価を得る目的で他人に渡した場合にのみ罰則を設けている。19日の地検での事情聴取で、弁護士はDVD提供を認めた上で「対価はもらっていない。男性本人の了解も得ており、誰の名誉も傷つけていない」と反論。さらに「『証拠は検察のもの』という発想に立った規定自体がおかしい」と意見を述べた。検事は「違反はしています」と説明したという。調書は取られず、それ以降、地検から連絡はない。

法律違反なのかどうかがよくわからない。で、刑事訴訟法を調べてみた。

第二百八十一条の四  被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供してはならない。
一  当該被告事件の審理その他の当該被告事件に係る裁判のための審理
二  当該被告事件に関する次に掲げる手続
イ 第一編第十六章の規定による費用の補償の手続
ロ 第三百四十九条第一項の請求があつた場合の手続
ハ 第三百五十条の請求があつた場合の手続
ニ 上訴権回復の請求の手続
ホ 再審の請求の手続
ヘ 非常上告の手続
ト 第五百条第一項の申立ての手続
チ 第五百二条の申立ての手続
リ 刑事補償法 の規定による補償の請求の手続
○2  前項の規定に違反した場合の措置については、被告人の防御権を踏まえ、複製等の内容、行為の目的及び態様、関係人の名誉、その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか、当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか、その取調べの方法その他の事情を考慮するものとする。
第二百八十一条の五  被告人又は被告人であつた者が、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、前条第一項各号に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
○2  弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。以下この項において同じ。)又は弁護人であつた者が、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、対価として財産上の利益その他の利益を得る目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供したときも、前項と同様とする。

なんだか変な条文だ。第281条の4第1項で目的外使用を全面禁止しているのに、第2項では違反したときの措置について曖昧なことを書いている。「違反しているけど場合によっては咎めないよ」ということだろうか? 「かくかくしかじかの場合には目的外使用をしても違反じゃないよ」という規定のほうがすっきりしているのではないかと思う。
さらによくわからないのが第281条の5の規定だ。「対価として財産上の利益その他の利益を得る目的で」という文言が第2項にしかない。なんで被告人と弁護人を区別する必要があるのだろう? 「警察・検察がせっせと集めた証拠で金儲けをするのがけしからん!」ということなら、被告人も弁護人も同じことだろう。
ともあれ、今回の事件では弁護士は金儲けをしていないそうなので「法律違反だが罰則はない」という状況のようだ。で、懲戒請求ということになったのだろう。
ついでに弁護士法もみておこう。

(懲戒事由及び懲戒権者)
第五十六条  弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。
2  懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
3  弁護士会がその地域内に従たる法律事務所のみを有する弁護士法人に対して行う懲戒の事由は、その地域内にある従たる法律事務所に係るものに限る。

刑事訴訟法と弁護士法は別の法律なので、刑事訴訟法に違反していても懲戒理由にはならない。問題は「その品位を失うべき非行があつた」かどうかだが、仮に某政令指定都市の市長がテレビに出ても光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件みたいなことにはならないだろう。
じゃあ、何のために検察は懲戒請求をしたのかが疑問になるわけだが、冒頭の記事には次のように書かれている。

検察による懲戒請求について、「放送で実害を受けた人は誰もいない。結局、検察から弁護士へのけん制の意味しかない」と分析する。そして「検察が税金を使って集めた刑事裁判の記録は国民の共有財産。自由に報道できないのはおかしい。言論の自由にかかわる問題だ」と指摘した。

毎日新聞では今でも牽制のことを「けん制」と交ぜ書きするのか……という驚きはさておき、これって本当に牽制になるんですかね? 懲戒請求をされたら、弁護士本人も弁護士会もいろいろと面倒なことになるだろうが、「面倒だから次からこんなことはやめておこう」と思うかどうかは疑問だし、たぶん懲戒しないという決定になるだろうから、今後の類似事例に対する前例として記録されるのでは? 裁判で負けた腹いせに懲戒請求したのではないか、と勘ぐられるかもしれないし、検察にとってメリットはあまりないように思うのだが、どうだろう?