困った世代論の例

この一連のツイートを読んで「おやっ?」と首を傾げた。「1970年代末の高インフレ」って何のことだろう?
そこで検索してみると、次のような文章が見つかった。

79年から80年にかけて世界のインフレは再び悪化した。78年には7.7%へ鈍化していたOECD諸国の消費者物価は,79年には9.4%へ,さらに80年1〜3月には11.9%(前年同期比)へ高まった。これを主要国についてみると,日,独の物価が78年にひきつづいて79年も安定を維持したのに対して,米,英,伊の悪化が著しかった。仏,加は79年中は高水準ながら上昇テンポの加速はみられなかった。しかし,80年に入ると,日,独を含めて各国ともじりじりと上昇率を高め,80年4〜6月の消費者物価上昇率(前年同期比)は英が21.5%,伊が20.9%,米が14.4%,仏が13.7%,加が9.6%,日が8.3%,独が5.9%,7大国平均で12.8%となっている(7大国のピークは4〜6月)(第1-2-1表)。

素直に読めば、1979年には日本とドイツを除く主要国のインフレが悪化した、と読める。クルーグマンがどこで何を言ったのかは知らないが、たぶん日本とドイツを除く主要国のインフレについての発言だったのだろう。しかるに、上で引用した1番目のツイートで「日本でも」と書き、2番目のツイートでは「アベノミクス」という語を出しているのだから、そこで言われている「40代以上の新自由主義者」というのが日本人を念頭に置いていることは疑いえない。
困ったことだ。
世代論については、以前こんなことを書いたことがある。

若者論の本は多数出版されているが、実はほとんど読んだことがない。なぜかといえば、あまり興味がないからだ。若者に興味がないというわけではなく、そもそも世代論全般に対して疑問を抱いている。世代論などというのは血液型性格判断みたいなもので、ごく少数の例を無造作に一般化して特定の集団に属する人々にべったりとレッテルを貼り付ける作業だと思うからだ。もちろん、慎重な検討と熟考を重ねたうえで行われた、バイアスを極力排した社会調査の結果を根拠にした世代論であれば、一読の価値はあるだろう。しかし、社会調査にはさまざまな制約があり、統計学的見地からの批判に耐えうる理想的な調査はゼロとは言わないまでも非常に少ない。というわけで、「若者に興味がないわけではない」という程度の関心では、なかなか若者論の本に手を出すことはない。

少し補足しておくと、仮に何らかの統計データにより、世代間で明らかに異なる特徴が見られるとしても、その世代差よりも同一世代内の個人差が大きい場合には、慎重な物言いが必要になると考えている。橋下大阪市長の名言「民族とか国籍を一括りにして評価をするような、そういう発言はやめろ」*1は世代論にも応用できるのではないか、とも。
閑話休題
上で引用した2番目のツイートで「40代以上の新自由主義者」と言ったのち、3番目のツイートでは「左翼」も「リベラル」も「保守」「右翼」も同様だと言っているのだから、つまるところ政治的主義にかかわりなく40代以上の人の経済思想に関する世代論であると考えられる。だが、40代以上と30代以下で支持する経済思想に差があるということを示す統計的根拠は全く与えられていない。その代わりにクルーグマンの言葉を引き合いに出して根拠づけているわけだが、先に見たとおりそこにはごく初歩的な誤り*2が含まれている。第二次世界大戦後の混乱期を除けば、日本で最も高インフレに悩まされたのは1970年代半ばであって、1970年代後半には狂乱物価が落ち着いていたことは特殊な専門知識というわけではない。
まあ、1978年や1979年の3パーセント台のインフレでも昨今の水準からみれば「高インフレ」と言えなくはないので、そのような理解で「高インフレ」という語を用いたのだとすれば日本経済史の誤解に基づく発言ではないことになるのだが、それにしても既に社会人として第二次オイルショックを経験した人と、まだ小学生にもなっていなかった人を「40代以上」と一括りにして評価をするのはよくないと思った次第。

参考

平成22年基準消費者物価指数>長期時系列データ>品目別価格指数>全国>年平均から「持家の帰属家賃を除く総合 前年比(1948年〜最新年)」のデータを次に掲げる。

変化率(%)
1948 82.7
1949 32.0
1950 -6.9
1951 16.4
1952 5.0
1953 6.5
1954 6.5
1955 -1.1
1956 0.3
1957 3.1
1958 -0.4
1959 1.0
1960 3.6
1961 5.3
1962 6.8
1963 7.6
1964 3.9
1965 6.6
1966 5.1
1967 4.0
1968 5.3
1969 5.2
1970 7.7
1971 6.1
1972 4.5
1973 11.7
1974 24.5
1975 11.8
1976 9.3
1977 8.1
1978 3.8
1979 3.6
1980 8.0
1981 4.9
1982 2.7
1983 1.9
1984 2.2
1985 2.1
1986 0.4
1987 -0.2
1988 0.5
1989 2.3
1990 3.1
1991 3.3
1992 1.6
1993 1.1
1994 0.5
1995 -0.3
1996 0.0
1997 1.6
1998 0.7
1999 -0.4
2000 -0.9
2001 -0.9
2002 -1.1
2003 -0.3
2004 0.0
2005 -0.4
2006 0.3
2007 0.1
2008 1.6
2009 -1.5
2010 -0.8
2011 -0.3
2012 0.0
2013 0.5

*1:橋下大阪市長と在特会会長が「罵り合い」10分間の不毛なバトル(全文書き起こし)|弁護士ドットコムニュース参照。

*2:ついでにいえば、マーガレット・サッチャーが英国首相に就任したのは1979年のことなので「1980年代のサッチャーはインフレ退治で出て来た」という表現にも若干の違和感はある。