ミステリは素晴らしい!

トリックスターズL (電撃文庫 (1174))

トリックスターズL (電撃文庫 (1174))

ミステリにはもはや新機軸はあり得ないと思っていた。だが、それは間違いだった。
そう、この『トリックスターズL』には、かつていかなるミステリ作家も書いたことがない*1凄いアイディアが盛り込まれている。
それは……「周くんと凛々子ちゃん、お風呂でバッタリ、思わずドッキリ」だ!
77ページ以下数ページにわたって繰りひろげられるこの嬉し恥ずかしシーンは、日本ミステリ史に残るものとなるだろう。
いいぞ。やれやれ! もっとやれ!
できればこのまま長期シリーズ化して、毎回、主人公の周が佐杏ゼミの女の子たちをとっかえひっかえしながら微妙なラブコメもどきのシーンを書いてほしいものだ。

追記

勢いにまかせて上の感想文を書いた後、他の人の感想文を読んでみたのだが、どうもヘンだ。皆がそうだというわけではないが、明らかに読みどころを外して的はずれなことを言っている人が多いように思う。
この小説は、背景情報の差によって生まれる言動や思考のギャップの面白さを追求した一連の作品群の系譜に属するものだ。この系譜にはいくつかのヴァリエーションがあって、たとえば「蒟蒻問答」の場合、二人の登場人物がそれぞれ自分のベースで相手の身振りを解釈することで、一連の応答が全く別の意味になってしまうという面白さを扱っている。また、『水戸黄門』や変身ヒーローものによく見られるパターンでは、読者ないし視聴者は主人公の正体を知っているが、作中人物の大部分はそれを知らないというギャップが効果を挙げている。
ミステリだと、叙述トリックが典型例だ。たとえば、ある登場人物が実は女性なのに、叙述上の工夫により、読者にはその人物が男性だと誤認されるというケース*2がわかりやすい。当該人物をじかに見ることのできる作中の人々と、文章を通じてしか認識できない読者との差が活用されているわけだ。
トリックスターズL』では、叙述トリックは使われていないが、叙述トリックという技法がミステリにあるということを前提とした技法が用いられている。読者は「今自分が読んでいるのと同じ記述を、仮にある背景情報をもたない人が読めば、どのような誤解が生まれるだろうか」と想像しながら、この小説を楽しむことができる。いわば、『トリックスターズL』は、仮想上の読者を取り込むことで成立するメタ・シチュエーションコメディなのだ。

追記の追記(2007/08/26)

やっぱり前例があったみたい。ごめん。

*1:と思うのだが、前例があったらごめん。

*2:これは特に「男女トリック」と呼ばれることがある。