月と星とでなまぐさい

日本の漢字 (岩波新書)

日本の漢字 (岩波新書)

「日本の漢字」といえば、いわゆる国字をイメージする人も多いだろう。「働」や「畑」など、日本で作られた漢字のことだ。もちろんその話題もあるのだが、それだけではない。個人が作った漢字、ある地域でしか用いられていない漢字、特殊な業界のみで用いる漢字など、ふつう国字として漢和辞典に掲載されていない漢字の話や、ごくふつうの漢字の字体の変遷、日本独自の意味などかなり広い範囲に話が及んでいる。合間合間に著者の意見が見え隠れしているものの、基本的には日本における漢字使用の実状のうち特徴的な事柄を列挙した漢字現象学*1の入門書といえるだろう。
これがまた無茶苦茶面白い。
将棋を始めたばかりの人は夜に寝床の中で見上げた天井の桟が将棋盤に見えて眠れなくなることがあるが、この本もまた似たような効果をもたらす。今まで特に関心を持たずに眺めていた街角の看板やテレビのテロップ、走り書きのメモなどに用いられた文字に惹きつけられて、あれこれと考え込んでしまうのだ。
そういうわけで、これはある種の感性の持ち主にとっては麻薬のような魅力をもった危険な本だ。くれぐれも日常から足を踏み外さないように。

*1:いうまでもなく、そんな学問分野があるわけではないし、この本の中でも「現象学」という用語は用いられていない。念のため。