批判三原則+

Something Orange(4/3付)のコメント欄で興味深い意見を見かけた。以下、ベタコピペ。


# みやび 『 今回のお題は、読み手側から見たときの話、だよね?
 ちょっと前に「批判三原則」とゆーのを考えたことがある。原則というか、三箇条とゆーか。
1.批判には根拠が必要である。
2.批判は作業仮説である(それゆえ、批判そのものも公にされた段階で常に批判される運命にある)。
3.批判箇所があることと作品の価値には関係がない。
 まあ、みやびが読み手側に立ってコメントを書くときに留意していることをまとめただけなんですけどね。』 (2006/04/05 15:53)
# kaien 『>「批判三原則」

もっと項目を増やせば、ミステリにおける「ノックスの十戒」みたいに流通するかもしれませんね。非常に瑣末なポイントばかり取り上げて、本質をまったく理解していない批判というものはよく見かけます。一冊本を読んだ感想が誤字脱字だけなのかよ、みたいな。』 (2006/04/05 18:17)

1と2には無条件で全面的に同意する。
3は少し保留。「批判箇所」というのが明らかな欠点のことであれば、それが作品の価値に全く関係がないということにはならないだろう。ただ、一つや二つの欠点で作品全体の価値が決定的に損なわれるというのはごく稀なケースに限られるので、そういう意味なら同意できる。
この三原則はそれだけで完結しているので、わざわざ項目を増やす必要もないと思うが、強いて2つ追加項目候補を挙げておこう。

  • 作品に対する批判と作者に対する非難は区別しなければならない。
  • 批判は寛容の原理*1に基づかなければならない。

*1:寛容の原理」というのはものごとを解釈するときの基本的な原理で、詳しく説明しようとするとかなり面倒な話になるのだが、ここでは「複数の解釈枠組みがあるときには、作品の価値を最大化する基準を選択せよ」という程度の意味だと思っていただきたい。