日常の謎、非日常の推理

ハルさん (ミステリ・フロンティア)

ハルさん (ミステリ・フロンティア)

麗しのシャーロットに捧ぐ―ヴァーテックテイルズ (富士見ミステリー文庫)』と『ハルさん』はどう違うのでしょう?
全然違います。『麗しのシャーロットに捧ぐ』は妻をなくした人形作家が亡妻を魔術の力で甦らせようと頑張る話で、『ハルさん』は妻をなくした人形作家が亡妻の忘れ形見を男手ひとつで頑張って育てる話です。

というわけで(どういうわけで?)『ハルさん』を読んだ。「怪盗ファントム&ダークネス」シリーズが面白かったので『ハルさん』も楽しみにしていたのだが、予想を上回る面白さだった。
『ハルさん』はいわゆる「日常の謎」派に属するミステリだ。「日常の謎」派というのは、殺人事件その他の兇悪犯罪が起こらず、日常生活の中のちょっとした謎を解いていくというスタイルで、北村薫以降、主に東京創元社からデビューした作家たちが多く手がけている。どちらかといえば、微温的でほのぼのとした作品が多く、扇情的かつ殺伐とした時流に抗して、一定数の読者を獲得しているらしい。だが、中には「だだ甘馴れ合い青春コメディでその種の読者と共犯関係を取り結んでおいて最終章でいきなり裏切って読者を荒涼たる砂漠に置き去りにする例のあれ」もあるので、「日常の謎」を扱ったミスステリだからといって油断してはいけない。
では、『ハルさん』はどうなのか、という話になるわけだが、ミステリの結末を不用意に漏らすわけにはいかないので、「それは読んでのお楽しみ」とだけ言っておくことにしよう。また、『ハルさん』にはもう一つ、「それは読んでのお楽しみ」がある。探偵役の推理というか謎解きの課程がちょっと変わっていて、赤川次郎の某シリーズとか我孫子武丸のとあるシリーズとかを連想させられた。ただし、両シリーズがどちらかといえば探偵役の設定の奇抜さを売りにしているのに対して、『ハルさん』は物語構成上の要請からそうなっているという違いがある。このあたりの事情をもう少し突き詰めて、この小説の文体上の特徴とも併せて考察してみる価値はあると思う。その余裕がないのが残念だ。