正式呼称と便宜上の呼称

かつての『宇宙戦艦ヤマト』で、劇中人物が台詞で
「右舷/左舷」を「うげん/さげん」と
読んでしまって以後、海軍/海上自衛隊での本来の呼称である
「みぎげん/ひだりげん」の方が、
世間一般ではマイナーとなり、
これに忠実なシナリオに対して「間違っている」と、
指摘する困った状況が後を絶たない始末です。

うーん。「右舷/左舷」を「みぎげん/ひだりげん」と呼ぶのは大日本帝国海軍海上自衛隊だけでして。民間でも海上保安庁でも使うのは「うげん/さげん」の方のはずですし、辞書にも基本的には「うげん/さげん」しか載ってないんですよね。それに地球防衛軍連邦軍といった、日本軍が母体になったとは考えにくい軍隊で「みぎげん/ひだりげん」を使うのも違うような気がします。

前に人から聞いた話*1だが、内閣法制局では「定める」を「ていめる」、「改める」を「かいめる」と読むそうだ。法律案の読み合わせをするときに「さだめる」では「定める」か「定る」かがわからないし、「あらためる」では「改ためる」か「改める」か「改る」かがわからないからだそうだ。でも、もちろん「ていめる」とか「かいめる」というのが正式な呼称だと思っているわけではないだろう。これはあくまでも便宜的な読み方だ。
今のはかなり特殊な例なので、もうちょっと一般的な例もあげてみる。
教育関係者は「市立幼稚園」を「いちりつようちえん」と呼ぶことが多い*2が、これは同音の「私立幼稚園」*3との混同を避けるためだ。「『いちりつ』と『しりつ』のどちらが正しい読み方ですか?」と学校の先生に聞けば、たぶん「本当は『しりつ』のほうが正しい」という答えが返ってくることだろう。
で、「右舷/左舷」の話。
「右舷/左舷」を湯桶読みするのが自然な読みとは思えないし、第一「ひだりげん」なんて発音しにくく不経済だ。
海事にも軍事にも全く縁がないので憶測だけれど、これを「みぎげん/ひだりげん」と呼ぶのは一瞬の判断が生死を分ける緊迫した状況で「う」と「さ」の一音節の聞き間違いが決してゆるされないためではないだろうか。民間の船でもそのような緊迫状態に陥ることはあるだろうが、「みぎげん/ひだりげん」という便宜上の呼称を常用するほどではないのだろう。海上保安庁はどうだかわからないけど。一度、海上自衛隊関係者に「あなた方の世界では『みぎげん/ひだりげん』を正式呼称として用いていますか、それとも便宜上そう呼んでいるだけですか?」と聞いてみたい気もする。
以下、余談。
以前紹介したように、三重県の松阪は市名も駅名も「まつさか」だが、先日、旅行中に『ミステリーズ! vol.26』を名古屋駅の近くの書店で買い求めて、特急「南紀」の車中にて、そこに掲載された米澤穂信の小説「恋累心中*4を読むと、「松阪」に「まつざか」とルビが振られているではないか。皆さん、こんなことがゆるされていいのでしょうかっ! ……と、そんなことを考えているうちに列車は松阪駅に到着した。車内放送で「まつざかー、まつざかです。名松線近鉄線はお乗り換えです」と言っていた。

*1:なので、真偽のほどは不明。

*2:これは実際に何度も聞いたことがあるので確かだ。でも全国的な現象かどうかは知らない。

*3:こっちは「わたくしりつようちえん」と呼ぶ。

*4:この小説の舞台は三重県なので、三重県を旅行するときに読んでみようと思い立ったのだ。