寝ることはできても眠れるとは限らない

先日のダイヤ改正寝台列車がざっくり廃止されたことは記憶に新しい*1。そんなタイムリーな時期にこんなタイトルの本が出たものだから、ついふらふらと*2買ってしまった。
副題の「ブルートレイン「銀河」廃止の本当の理由」というのは、要するに機関士が足りないというものだ。JR東海では、発足以来機関士を全く養成していないそうで、国鉄時代の機関士が定年退職していくと客車列車が運転できなくなる。
寝台列車衰退の理由として、著者は機関車の減少、客車列車のスピードの遅さなどを重視する。そうなると、改善案は容易に予想がつく。電車寝台列車の導入*3だ。そして、250,251ページの見開きを使って、「電車化された寝台列車網の可能性」と題して、北は旭川、釧路から南は吉松、鹿児島中央までの壮大な路線網を描いてみせる。釧路や吉松は電化されていないではないか、と疑問に思う人も多いだろう*4が、それはなんとかなるのだ。驚いてはいけない。それが川島令三なのだ。
ツッコミどころは数多い。鉄道に熟知した人なら、この本の難点を毎朝3つずつ1週間くらい指摘しつづけることができるだろう。だが、別に鉄道のことをよく知っているわけでもないし、時間がもったいないので、ここでは2点に絞ろう*5
まず第1点。これは「銀河」など東海道本線を通過する列車について。今、東海道本線では夜間のスジが相当逼迫している。貨物列車のせいだ。もちろん、昼間ほど列車が走っているわけではないが、保守の関係もあるので、今の東海道本線で著者が提案するような利便性の高いダイヤを自由に組むことができるかどうかはかなり疑問だ。
で、第2点。これは寝台列車全体について。著者は、寝台列車は寝られるから楽なので発車・到着時間さえ頃合いであれば新幹線や飛行機よりも優位に立てると考えているようだが、果たしてそうだろうか? 寝ることができるということと眠ることができるということは必ずしも連動しない。ガタゴト揺られる列車のベッドよりはビジネスホテルのベッドを選ぶ人のほうが多いように思う。
鉄道愛好家は案外見落としがちだが、世間一般の人々の大多数は個室寝台特急など一度も乗ったことがない。だから、寝台列車がどの程度のアメニティを備えているのかは全く知らないのだ。仮に最新の技術を駆使して、振動も騒音も最小限に抑えた寝台列車を開発することができても、「夜行列車は眠れない」というイメージを覆すことは相当困難だろう。
この本は次の文章で締めくくられている。

今までのやり方で走らせていくだけでは、寝台列車が絶滅の一途を辿ることは目にみえている。ここで、”次世代型”寝台列車ともいうべき大きな発想転換が必要だ。
しかしそれは、単に寝台列車を残す目的からではない。首都一極集中、また地方では新幹線や飛行機の発着地中心だった交通と物流、いわば”日本の人とモノの流れ”が変わる未来がその線路の向こうにあることを、筆者は確信している。

新しい寝台列車をつくるとなぜ物流まで変わるのか全く理解できないのだが、それはさておき、旅客流動に限っても、著者が言うような変化が訪れるとは考えにくい。一歩譲って、そのような変化が期待できるとしても、首都一極集中の是正という目的のためにJRが努力する義理はないから、このような提案は絵に描いた餅だと思う。
いつものとおり、と言ってしまえばそれまでだが、この本は特に不満の残るものだった。残念。

*1:もともと記憶にない人にとっては古くも新しくもないだろうが、そういう人は無視する。

*2:「うーん、川島令三だしなぁ。どうしようかなぁ」と迷うことは迷ったのだが……。まだ修行が足りない。

*3:もうひとつ、寝台列車の運行をJR貨物が受け持つという提案も行っているが、その説明は割愛する。

*4:吉松駅がどこにあるのか知らない人のほうがもっと多いだろうが、自分で調べてほしい。

*5:詳細な批判は、より熱意のある人に委ねたい。誰かやってください。