一迅社文庫創刊第2弾全3冊の感想

昨月の一迅社文庫創刊第1弾全7冊の感想と同じくまとめて一本で感想文を書くことにした。「全3冊」では字面の上でも迫力がないのだが、勝手に冊数を水増しすることもできないのでやむを得ない。
では始めます。

片手間ヒロイズム

片手間ヒロイズム (一迅社文庫 こ 1-1)

片手間ヒロイズム (一迅社文庫 こ 1-1)

全7篇の連作短篇集。最初の「裏表のある話にはご注意を」を読んで、「ええ〜、またこれなのか!」と思った。富士見ミステリー文庫の『食卓にビールを』シリーズと読み味がそっくりなのだ。懐かしく、面白くもあるのだが、別の出版社の別のシリーズで同じことをやらなくてもいいのに。まあ、富士ミスが事実上死に体になった今、シリーズを続けることが困難になったという事情があるのかもしれないけれど。
しかし、個々の作品の出来映えには文句はないし、すらすらと読めて楽しかったのだから、別に不満はない。ただ、最後から3番目の「勇者・その展望」と最終話「ぐるぐる」で提示されたアイディアは長篇を支えられるものなので、ちょっともったいないとは感じた。

月明のクロースター―虚飾の福音

月明のクロースター―虚飾の福音 (一迅社文庫 は 1-1)

月明のクロースター―虚飾の福音 (一迅社文庫 は 1-1)

のっけから鉤括弧つきの「彼女」「彼」という代名詞が出てきて当惑させられたかと思えば、続く第2段落で、時間的順序がシャッフルされたぎこちない文章を読まされ、これはかなりの難物だと覚悟を決めて読むことにした。萩原麻里の小説を読むのはこれが初めてなのだが、いつもこんな文章を書く人なのだろうか?
幸い18ページで主人公の傍島久登が登場したたあたりから、かなり文章が読みやすくなってほっとした。
で、読み進めていくとなかなかサスペンス溢れる面白い展開になっていき、これはいったいどういう方向へと進むのかと思っているうちに、いつの間にか終盤にたどり着いていた。そして終章259ページ13行目の例のアレ*1で脱帽。しまった、油断した!
これは傑作だ!*2

ぶよぶよカルテット

ぶよぶよカルテット (一迅社文庫 み 1-1)

ぶよぶよカルテット (一迅社文庫 み 1-1)

サティに憧れる女の子が出てくる話だからということで、とりあえず手許にあった「ヴェクサシオン」のCD*3を聴きながら読み始めたら、なんとヒロインがその「ヴェクサシオン」を演奏する場面から始まっていてびっくりした。
全篇サティ尽くしで、各章題もサティの音楽から採られている*4くらいだ。目次をみただけでニヤリとする人も多いだろう。だが、知らない人には267ページから268ページのやりとりが何のことやらわからないはずだ。でも教えない。ぐぐれ。
高校生の少年1人に美少女3人で音楽ネタ、といえば、どうしたって『さよならピアノソナタ』を連想してしまう。技巧を凝らした『さよならピアノソナタ』に比べると、『ぶよぶよカルテット』は一本道で起伏に欠ける。客観的にみれば『さよならピアノソナタ』に軍配を上げざるを得ない。でも、個人的な感想をいえばこっちのほうが好きだ。だって『さよならピアノソナタ』からはバッハへの愛が感じられなかったが、『ぶよぶよカルテット』にはサティへの愛がつまっている*5から*6

まとめ

かつて、ガガガ文庫ラノベ界に現れた黒船だと言われた。でも、いまやそんなことを言う人は誰もいない。最近、少しずつ盛り返しつつあるようにも思うが、初動の失敗が響いてなかなかイメージが回復しないようにも見受けられる*7
対して、一迅社文庫は口の悪い人に言わせれば「ラノベ界の戦艦ポチョムキン」だそうだ。もっと口の悪い人にかかると「ラノベ界の蟹工船」だ。幸い先月の創刊第1弾は好評をもって迎え入れられたようだが、すぐに息切れして失速するのではないかという不安はあった*8。また、某大手ラノベレーベルの営業担当者が「5月は一迅社に譲ろう*9。だが6月は全力で叩き潰してやるから覚悟しておけ!(大意)」と言ったという話を風の噂で聞いたことがあり、それも不安材料のひとつではあった。
だが、売り上げ面はいざ知らず、作品の内容に関していえば、懸念は杞憂だった。3冊ともやや練り込み不足で詰めが甘いという印象は拭えないが、水準を上回る品質は確保されているし、レーベル全体のカラーもぼやけない程度にバラエティ豊かだ*10
このままの水準が今後も維持されるなら、しばらく買い続けてもいいかもしれない、と思い始めている*11のだが、でもやっぱり不安が完全に払拭されたわけではない。今回の折り込みチラシをみると、今月の新刊の紹介よりも来月の予告のほうに気合いが入っているような気がするが、そのくせ『聖ファミリア(仮)』*12と『幻想症候群(仮)』*13しか紹介されておらず、「7月の一迅社文庫は他にも続々登場予定!」と書かれているのみ。つまり、チラシ作成段階では7月の刊行点数すら確定していなかったということだ。
また、7月には5月に続いて杉井光を起用しているほか、今月新作が出たばかりの萩原麻里の旧作*14を復刊するなど、執筆陣層の薄さを露呈してしまっている。
さらにいえば、1回の刊行数が3冊というのはレーベルとして維持できるぎりぎりの数*15で、そこに危うさを感じもする。下手に粗製濫造に走られても選択に困るだけなので、読者の立場としてはこれくらいで推移してくれたほうが有難いのだが、営業戦略上はあまりよろしくない。
これも風の噂だが、一迅社文庫創刊直前に、書店向けの説明で「一迅社文庫は○○○○文庫*16の読者層をターゲットにしているので、○○○○の棚が空いたところに並べてください(大意)」と言った強者がいたそうだが、果たしてその正統な後継者となれるかどうか。
というようなことを書いているうちに「まとめ」のほうが感想文本文よりも長くなってしまったので、これでおしまいにする。

*1:一瞬、「あれ? 4、5年タイムスリップしたの?」と思ってしまった。

*2:もっとも、感心した一方で「この話を友桐夏が書いていれば……」という不埒なことを考えてしまったことをここに告白しておきたい。

*3:もちろん全曲ではなく、指定された回数の20分の1しか繰り返していないが、それでもまともに聴くには相当辛い代物だ。

*4:ただし第3章「サラバンド」は舞曲名で、サティ以外にも多くの作曲家に同題の音楽がある。

*5:作者がサティ好きなのかどうかは知らないが、ヒロインがサティ大好きなのはよくわかった。

*6:さらに個人的な話だが、もしあなたの携帯電話に「安眠練炭」という名前が登録されているなら、その携帯メールのアドレスを確認してみてほしい。なぜ、バッハやサティへの愛を重視するのか、その答えをみることができるだろう。

*7:あくまでも主観的な意見です、為念。

*8:もっとも、そうなったらそうなったで「一迅社文庫は衰退しました」という見出しで思う存分ネタ記事を書くつもりだった。

*9:新規レーベル創刊時には、祝儀代わりに(?)書店の平台の目立つところに置かれることが多いので、実力以上に露出度が高く有利になる、という事情による。

*10:前回の「まとめ」では、スーハパーナチュラルな要素が入っていない作品が皆無だと指摘したが、今回の『月明のクロースター』と『ぶよふぶよカルテット』は超常現象が起こらない。

*11:でも来月創刊の一迅社文庫アイリスにまでは手が回りません。

*12:「聖」には「さくらだ」とルビが振られていて、オビの紹介では「聖」と「ファミリア」の間に星印が入っている。一迅社文庫公式サイトでは『さくらファミリア!』となっていて、これで確定したようだ。

*13:公式サイトでは「(仮)」が外れている。

*14:2004年に講談社X文庫ホワイトハートから刊行された『暗く、深い、夜の泉。―蛇々哩姫』。

*15:来月は一迅社文庫アイリスが7冊出るが、8月には3冊しか出ない。無印の一迅社文庫とアイリス併せて6冊とカウントすればまずまずだが、対象読者がかなり違っているので書店では同一レーベル扱いにならないだろう。

*16:伏せ字箇所には具体的なレーベル名が入ります。字数は適当。