天才登場!

草葉の陰で見つけたもの

草葉の陰で見つけたもの

「なんか新鮮で面白い本ないかなぁ」と思いながら書店の文芸棚を眺めていた7月下旬のある日、オビの背表紙のところに「奇想天外。」と書かれた本を見つけた。
大田十折。
全然知らない名前だ。
表題作「草場の陰で見つけたもの」で第1回「小説宝石新人賞」を受賞してデビューした新人作家だそうだ。銓衡委員*1奥田英朗角田光代の推薦の辞がオビに書かれている。2人とも一作も読んだことがない作家なので、特にそれで興味をそそられたわけではないが、たぶん何かのものの弾みで本を手にとってぱらぱらとめくってみた。
どうやらあとがきがあるらしい。
読んでみると、ラノベっぽい。より正確にいえば、ラノベのあとがきっぽい。特定の誰かのあとがきに似ているというわけではなくて、ラノベのあとがきによくあるパターンのひとつだ。このようなノリは嫌いではない。
とはいえ、これだけで購入を決断したというわけではない。というのは、金銭的にも重量的にも空間的にも負担の大きいハードカバーを買うには相当な抵抗感があって、ちょっとやそっとのことでは買う気が起こらないからだ。でも買った。理由は不明だ。たぶん何かの気の迷いだったのだろう。
で、2日ほど積んであったのだが、そのまま置いておくと邪魔なのでさっさと読んでさっさと片付けてしまおうと思い、つい先ほど手をつけた。
一気に読み終えた。
面白かった。
正直にいえば、オビに書かれているほど奇想天外だとは思わなかった。なるほど、表題作の出だしから数ページで語られる出来事は確かに意表を衝くものだ。しかし、その後の展開はさほど奇抜なものではない。山田風太郎荒山徹のような破天荒なホラ話とは全く異質な世界だ。併録されている「電子、呼ぶ声」のほうは、表題作にみられた発端の着想の妙もなく、設定も展開もありきたりで凡庸だ。
けれども、それはこの本の欠点というわけではなくて、単にオビの煽り文句が大げさだっただけのことだ。大げさな宣伝文句はしばしば読者のがっかり感のもとになるが、語りのうまさに惹かれて読み、最後の1ページまで少しもがっかりすることはなかったのだから、このオビはこれでよかったのだろう。もし自分がオビ作成担当だったら……と想像してみると、やはり同じような売り方をしていたのではないかと思う。
オビの話ばかりしても仕方がない。でも、本文についてどこまで語っていいのか迷う。あまり具体的なことは書けないから、これを読んで連想した作品や作家のことでも書いてお茶を濁しておくことにしよう。
『草場の陰で見つけたもの』は乙一のデビュー作『夏と花火と私の死体』に似ている。両方読んだことのある人にとっては説明の必要もないだろう。乙一ファンなら一度『草場の陰で見つけたもの』を読んでみても損はないはずだ。
もうちょっと奇をてらっていえば、この作品は支倉凍砂のデビュー作『狼と香辛料*2にも似ている。この意見には、もしかしたら両方読んでいる人の賛同が得られないかもしれない。お話の作り方も雰囲気もエピソードも全然違っているのだから。でも、ある部分で似ているんだなあ、これが。
乙一支倉凍砂という全く傾向の違う作家を引き合いに出したので、戸惑う人もいるだろう。そんな人はぜひ『草場の陰で見つけたもの』を読んでみてほしい。あなたはそこにひとりの天才作家の出現を認めることだろう。

追記

上の文章は他の人の感想文を一切見ずに書いたが、きっと乙一に言及している人がいるに違いないと思っていたら、やっぱりいた
ところで、第1回小説宝石新人賞の選評によれば、応募時の作者のペンネームは「本田十折」だったそうだ。読みは書かれていないが、「大田十折」が「おおたとおる」なのだから、もとは当然「ほんだとおる」だったのだろう。

追記の追記

*応募時のペンネームは働いていたパン屋さんのポンパドゥルから本田十折(ほんだとおる)氏でしたが、既に本田透氏が存在することから大田十折氏に改名しています。

やっぱりそうだったか。

*1:本には「選考委員」と書いてあったが、今日はなんとなく「銓衡」と書きたい気分なので、こっちを使うことにする。

*2:というか、今のところこれしかないわけだが。

*3:このペウェブページのタイトルは「ポンパドウルポンパドウルのこだわり − コンセプト」だが、同じタイトルのページが別にある。ページをコピペして内容を書き換えた際にタイトルを書き直すのを忘れたのだろう。