クロイツェル・ソナタ

太平洋戦争前に在った官立神宮皇學館大学の再興期成会による日本精神の復興が改めて必要であるという考えから、船越正道(皇學館大学助教授)・岩畔豪雄(元陸軍大佐・初代世界問題研究所長)・小野良介(学校法人松柏学院常務理事・学校法人初代理事長)を中心に開学が準備された。当初、京都府福知山市に開学予定だったが、土地の手当てがつかず京都市北区の現キャンパスに1965年開学。初代総長に大石義雄を予定していたが、大学の開学時期が大石の定年退官より1年早くなったため、白羽の矢が立ったのが荒木俊馬である。清水一行著「虚構大学」に登場する自由経済大学のモデルだとされる(主人公のモデルは小野良介)。

また、文部省(当時)への大学設立認可の申請や私学助成金受給は、1978年清水一行「虚構大学」を参考に行われていたことがわかっている(ちなみに「虚構大学」は京都産業大学の開学をめぐる関係者の話がモデルになっている)。