ちくま新書のカラクリ

寿司屋のカラクリ (ちくま新書)

寿司屋のカラクリ (ちくま新書)

「カラクリ」というのは不思議な言葉で、比喩的に用いるといかがわしさがつきまとう。『寿司屋のカラクリ』というタイトルを見ただけで、「ツナの軍艦巻に使われているのはアフリカツメガエルだった!」とか「回転寿司では3日続けて回しても腐らない特殊な防腐処理を施している」とか*1、そういったヤバめのネタ*2を扱っているかのように錯覚してしまうのだが、実際にはさまざまな寿司屋の工夫を紹介しているだけ*3だった。読者の薄汚い覗き見趣味をうまく利用したうまい策だ、と褒めるべきかもしれないが、薄汚い覗き見趣味が満たされなかったという思いが強く、あまりいい印象は持たなかった。ちくま新書がこんなタイトルをつけるとは……。
ところで、最後のほうの186ページにこんな記述があり、気になった。

二〇〇八年八月一七日に、島根県の「漁業協同組合JFしまね」から直接仕入れた天然魚が大阪や京都、愛知などの大手スーパーのジャスコ計約八〇店の店頭に並び、物議をかもしています。スーパーが市場を通さず漁協から船ごと直接買うことは、中卸業者*4にとっては死活問題であり、市場法では違法ということで、対抗手段として訴訟に踏み切る可能性はあります。

このような出来事があったとは知らなかった。早速調べてみると、漁業協同組合JFしまねイオン双方の広報記事が見つかった。なお、どちらもPDFファイルだ。

JFしまね側の資料をみると、この直接取引は水産庁の「国産水産物安定供給事業」に組み込まれているという。が、検索すると該当ページがない。実は、事業名が間違っていて、本当は「 国産水産物安定供給推進事業」だったのだ。
水産庁施策情報誌「漁政の窓」vol.42(2008.10)【PDF】4ページから6ページにかけて説明があったので、その一部を抜粋して紹介しよう。

本年7月28日に決定された燃油高騰水産業緊急対策には、省燃油実証事業の創設などのほか、水産物の流通対策が盛り込まれています。
今回は、この流通対策の目玉である「直接取引推進事業」について、概要をご紹介します。この直接取引推進事業は、従来の国産水産物安定供給推進事業(安定供給契約型)をベースにしながら、助成要件を大幅に緩和したものです。産地と消費地との間の水産物の直接取引を推進することで、流通コストを縮減し、漁業者手取りの確保につなげていこうというものです。
既に、JFしまね、北海道漁連が、本事業を活用して、大手スーパーとの間で鮮魚の直接取引を開始するなど取組が広がってきております。
【略】
この直接取引推進事業は、漁協などの漁業者団体が、漁業者から水産物を買い取り、小売店や加工業者といった実需者へ直接販売する場合に、漁業者からの買取代金の金利、保管料、加工経費等を助成するものです。
【略】
※ 詳細は、水産庁加工流通課調整班(TEL03-6744-2349)へご照会ください。
また、(財)魚価安定基金HP(http://www.fishfund.or.jp/)に詳しい資料が掲載されております。

ということなので、この制度に興味のある人は水産庁加工流通課調整班に照会するか、財団法人魚価安定基金の資料を参照してもらいたい。
で、先ほど「気になった」と書いたのは、この取引が「市場法では違法」という箇所についてだった。水産庁が違法な取引を助成するというのもおかしい話だが、本を読んでいるときにはまだ水産庁が行っている事業のことは知らなかったので、そういう観点から気になったわけではない。単純に、市場を通さずに生産者と小売業者が直接取引することが違法だというのは変だと思ったからだ。芥子*5に関してはあへん法という法律があり、流通に著しい制限が加えられているが、魚の流通を規制している「市場法」とはいったいどのような法律なのだろうか? そこで法令データ提供システムで検索してみたが、そのものずばりの名称の法律はなかった。卸売市場法という法律を見つけたのでざっと目を通したが、卸売業者が行う取引についての規制条項はあるものの、卸売業者を介さない取引に対して制限を加えているようにはみえなかった。また、ここを見た限りでは、卸売業者が訴訟に打って出るような雰囲気は感じられなかった。
ただし、インターネット上で入手できる情報には限りがあり、特に地方の情報はかなり乏しい*6ため、『寿司屋のカラクリ』の著者がもつ人脈を通じた情報に比べると劣る面もあるだろう。従って、今調べた程度の情報から、この本の記述が誤りだと断定することはできない。誤解のないように申し添えておく。また、この件について何か情報をお持ちの方はぜひご教示ください。

*1:どちらの例もホラなので本気にしないように。

*2:寿司ネタのことではありません。

*3:高級店から回転寿司までさまざまな形態の寿司屋に取材して書かれており、これはこれでつまらなくはなかった。ただ、取材先への配慮からなのか、あまり業界の問題点に踏み込んでいないという物足りなさがあった。

*4:原文ママ。ふつうは「仲卸業者」と書くのではないかと思うが、誤植なのかこういう書き方もあるのかは知らない。

*5:からし」ではなく「けし」と読んで下さい。

*6:これは別にインターネットに限ったことではなく、テレビに比べればむしろインターネットのほうが情報が豊富ではあるのだが。