『秋期限定栗きんとん事件』の驚愕

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

秋期限定栗きんとん事件(3) (創元推理文庫 M よ 1-6)」というのは何なんだ……? 下巻(1)とか(2)とかが別にあるのか?
それはともかく、見出しに「驚愕」とつけた*1のだから、3つの驚愕ポイントを挙げておこう。

  1. なんと、延期することなく上巻から2週間でちゃんと下巻が出た!
  2. なんと、解説がかの辻真先だ!
  3. なんと、小佐内さんがあんな仕方で処女喪失復讐するとは!

驚愕ポイント1はスルーするとして、早速2番目の驚愕ポイントから説明することにしよう。

辻 真先(つじ まさき、1932年3月23日 - )は、日本のアニメ・特撮脚本家、推理冒険作家、漫画原作者、旅行評論家、エッセイスト。愛知県名古屋市出身。愛知県立旭丘高等学校名古屋大学文学部卒業。日本アニメ界を黎明期から支えた人物の一人。東京在住だが、仕事場は熱海にある。

【略】

NHKで『バス通り裏』や『お笑い三人組』『ふしぎな少年』等の演出を担当する一方で、桂 真佐喜の筆名で『鉄腕アトム』などの脚本を執筆。NHK退職後は本名で多くの作品に参加。1970年代に爆発的に製作本数が増えるまでは、アニメ作品に関しては関係していないものから数えた方が早いほどであった。手塚プロ時代には、後のSF作家である筒井康隆小松左京平井和正眉村卓豊田有恒半村良らと交流があった。

【略】

旧「宝石」の新人賞候補作が商業誌デビュー作という経歴を持つ。ジュブナイル小説、トラベル・ミステリを量産する一方、叙述トリックを駆使した実験的なミステリも多い。後者の傾向の代表作に『合本・青春殺人事件』『デッド・デテクティブ』、日本推理作家協会賞を受賞した『アリスの国の殺人』などがある。

【略】

アニメ『サザエさん』の第一回放送(1969年10月5日)の第1話『75点の天才!』も辻の脚本である。サザエさんでは現在もごくたまにだが脚本を書いている。他に、『ルパン三世』、『どろろ』、『Dr.スランプ』など、多くの漫画・アニメ作品の小説版も手がける。テレビアニメ『一休さん』の初期の脚本も書いていたが、途中で他の脚本家にバトンタッチされている。『宇宙猿人ゴリスペクトルマン)』など、特撮作品での脚本執筆も多い。

辻真先って誰?」などと首を傾げる不見識な輩のために、とりあえずウィキペディアから適当に抜粋してみた。著作リストをみると小説家としての初期作品は朝日ソノラマのサンヤングシリーズ、ついで朝日ソノラマから出ており、その後、集英社コバルト文庫にも進出している。今のライトノベルの前史にあたる時代に活躍し、その後、一般文芸へと活動の場を移した作家であり、いわば米澤穂信の軌跡を四半世紀先取りした人物*2と言える。
御年76歳、あと何日か経てば77歳になるこの巨匠は未だ衰えることを知らず、自分でウェブサイトを運営しているし、去年から東京創元社の「ミステリーズ!新人賞」の選考委員を勤めている。2歳年下の筒井康隆が史上最年長のライトノベル作家となったのは記憶に新しいが、辻真先はもしかするとその記録を塗り替えるかもしれない。『秋期限定栗きんとん事件 下』の解説でも、乙一上遠野浩平西尾維新などをデビュー作から読んでいると豪語している*3くらいだから。
辻真先東京創元社から何冊も本を出しているので、その意味では別に不思議ではないのだが、その枯れることのないバイタリティーに驚いた。米澤穂信に興味がない人も、ぜひ辻真先の解説だけでも読んでみてもらいたい*4
さて、驚愕ポイント3だが、それは作品の内容に触れることになる。ぼかして書くつもりだが、全く予備知識なしに『秋期限定栗きんとん事件』を楽しみたいと思う人は、以下の文章は読まないようにしてほしい。
小市民シリーズも3作目となると、小佐内さんがどのような復讐を企て、いかにしてそれを成し遂げるのか、ということを考えながら読む人も多いだろう。今回は小鳩君と別行動をとつているため、小佐内さんの行動は前2作に輪をかけて掴みどころがなく、この小説の文字通り最後の1行で動機が明らかになるまで、気を許すことができない。エラリー・クイーンの小説のタイトルにもなっている「最後の一撃*5テーマの非常に優れた作例*6だと言えよう。
エラリー・クイーンに言及したついでに言っておくと、本作における小佐内さんの行動はクイーンが多用した例のアレ*7だとも言える。広い意味では前作でも小佐内さんはアレを行っていたのだが、今回はアレの対象が事件の謎を解こうとする人物の推理であるという点で、よりクイーン的だと言える。また、本作で扱われている「ミッシング・リンク」テーマ*8もクイーンのお気に入りだった。
だが、『秋期限定栗きんとん事件』を読み終えたときに、真っ先に連想したのは、エラリー・クイーンではなくて、彼*9が唯一ライバルと認めた別のミステリ作家の作品*10だった。この作品に登場する名探偵の大失敗が『秋期限定栗きんとん事件』で再現されているからだ。しかし、単に同じ趣向を用いているというわけではない。その趣向はアレと組み合わされることによって、よりドス黒く意地の悪いものになっているのだ。両者は寝取られ寝取らせほどに違っている。
秋期限定栗きんとん事件』を一言で言い表すなら、「青春暗黒小説」というフレーズがふさわしい。自意識って絶望だよね。合掌。
……まだまだ感想は尽きない*11のだが、あまり書きすぎると致命的なネタばらし*12になりかねない。この辺で切り上げるのが適当だろう。

追記

すごく身も蓋もないけれど、小鳩くんと小佐内さんの本質を鋭く衝いた文章だと思った。ただし『秋期限定栗きんとん事件』未読の人にはお薦めできません。

*1:上巻の感想文が『秋期限定栗きんとん事件』の分裂だったので。実は、遥か昔に秋期限定栗きんとん事件(仮)の驚愕という見出しでネタにしたことがあり、今読み返すとあるミステリ的な意味で非常に興味深いのだが、これは全くの偶然に過ぎない。

*2:ただし、このような見方はあくまでも小説家としての辻真先についてのものであり、一面的なものに過ぎない。今でこそ第一線を退いてはいるものの、私見では辻真先の最も大きな業績はアニメ脚本家としての数々の仕事である。

*3:ここをみると、『グイン・サーガ』も124巻まで読んでいるらしい。

*4:ただし、解説を読む場合は、その前のページを絶対に見ないように気をつけること。

*5:『最後の一撃』は早川から出ているので作者名は「エラリイ・クイーン」だが、個人的な好みにより本文では「エラリー・クイーン」と表記した。

*6:思えば米澤穂信の前作『儚い羊たちの祝宴』も同じく「最後の一撃」テーマの作品集だった。

*7:解決部分に関わることなので明示するのは控えておく。

*8:これは上巻の段階で明らかなので伏せる必要はないだろう。

*9:「彼ら」ではないことに注意!

*10:タイトルを挙げるかわりに、「長門有希の100冊」の74番目とだけ書いておくことにしよう。

*11:米澤穂信の小説の感想文はいつも書くのに苦労するのだが、今回は比較的言語化しやすかった。ミステリとしてのテーマが明瞭で、謎の輪郭がはっきりしているせいだろう。

*12:「ネタばらし」は今や「ネタバレ」に駆逐された感があるが、自動詞「ばれる」の連用形がもつ無責任さが気に入らないので、全く無過失で純然たる事故でネタがばれるとき以外は、意地でも「ネタばらし」を使い続けようと思う。