一迅社文庫2009年5月刊行全3冊の感想

はじめに

先月、創刊1周年を迎えた一迅社文庫。正直いってこれほど長く続くとは思わなかった。
この1年はライトノベル業界にとって激動の年だった。たとえば、富士見ミステリー文庫が休刊したり、『涼宮ハルヒの驚愕』がやっぱり出なかったり、あとは……ええと特に思い浮かばないが、ともあれこの1年を乗り切って次の航海へと乗り出したライトノベル界の蟹工船の1周年記念ラインナップは看板作品『女帝・龍凰院麟音の初恋』と初起用作家2人の新規作品2本というもので、特に1周年らしい仕掛けはなかった。本当はもうひとつの看板作品『死神のキョウ』も出る予定だったそうだが、5月の予定が6月に延び、6月の予定が7月に延び、7月の予定が8月以降にまで延びてしまっているうちに作者の本拠地の業界がえらいことになってしまい、この先いったいどうなることやら大いに心配なのだが、それはともかく早速5月刊行分3冊の感想を書く。例によって読んだ順。

女帝・龍凰院麟音の初恋3

女帝・龍凰院麟音の初恋 (3) (一迅社文庫)

女帝・龍凰院麟音の初恋 (3) (一迅社文庫)

鉄板。文句なし。特筆すべきこともなし。

文芸部発マイソロジー

文芸部発マイソロジー (一迅社文庫)

文芸部発マイソロジー (一迅社文庫)

これを読みかけたところでいちせ氏が「ゴミ」認定しているのを見かけてしまい、すっかり期待が萎んでしまった。全部読み通してみると、別に゜ゴミ」と酷評するほどひどい作品だとも思えないが、人によって好き嫌いはわかれるだろう。
10年くらい前に『二重螺旋の悪魔』(上巻下巻)を読んだときのことをふと思い出した。どちらも人為的に引き起こされた世界の危機に対して超人的な能力をもつ主人公が立ち向かうジェットコースター・ノベルだ。一難去ってまた一難、スリルとバトルが連続して落ち着く間もない。で、読み終えたときに「んー、あんまり捻りがなかったなぁ」という読後感を抱いたという点でも似ている。
これはまあ、ないものねだりということになるのだろうが、構成上の妙、というものに心に惹かれる読者にとっては今ひとつ物足りないのも確かだ。ネット上の情報によれば『文芸部発マイソロジー』はかなり売れ行きが良好なようで、この分だと続きが出そうな気もするが、もし次があるなら設定やプロットに仕掛けを施してもらいたいものだ。

イスノキオーバーロード

イスノキオーバーロード (一迅社文庫)

イスノキオーバーロード (一迅社文庫)

あとがきに『蟹工船』の書き出しの台詞*1を引用するなど、ネタに走っている*2が、本篇はさほどはっちゃけていない。むしろ教科書的ともいえるほどスタンダードなつくりになっている。文章表現と叙述の視点の面では相当悲惨なことになっているが、細部の描写が妙にエロい*3のがアンバランスで面白かった。

おわりに

あと2週間もすれば今月の新刊が出るが、今度は何と4冊だ。4月も4冊だったが、思わぬ傑作『星図詠のリーナ』をはじめ、どれも読みやすくて一定水準以上の作品ばかりだった。それに比べると今月はやや不安。
いや、それより心配なのが来月のラインアップだ。十文字青2冊同時発売ってどうよ?

*1:ただし、青空文庫では、冒頭の台詞は「おい地獄さ行ぐんだで!」になっており、『イスノキオーバーロード』のあとがきの「おい地獄さ行ぐだで!」とは一字違っている。『蟹工船』の別の版から引用したのか、小池一夫風にアレンジしたのかは不明。

*2:このネタはさすがに気がつかなかった。作者の仕事の履歴を見た限りでは、こういうネタがするっと出てくるような世代ではないと思われるので、これはきっと担当編集者の趣味だろう。かくて……

*3:ただしロリ限定。