一迅社文庫2009年7月刊行全4冊の感想

はじめに

7月の一迅社文庫には謎が2つあった。

  1. なんで4冊の中に十文字青が2冊入っているのか?
  2. 『双丘のセンカヌアン』*1はいったい何だったのか?

これらの謎を解く鍵は一迅社文庫編集部のブログに……ない、全然ない。というか、十文字青の担当編集者が誰なのかもわからないし、田中桂に至っては全く言及されてさえいない。謎はますます深まるばかりだが、いちいち取り合ってもいられないので、さくっと簡単に感想を書いておく。例によって読んだ順に。

読書の時間よ、芝村くん!2

読書の時間よ、芝村くん!  (2) (一迅社文庫)

読書の時間よ、芝村くん! (2) (一迅社文庫)

1巻もそうだったが、本、読書、物語などに対する思い入れが稀薄で、設定をうまく活かしていない。ただ、主人公を巡る2人のヒロインの奇妙な緊張関係の描写は上手いと思うし、中盤以降のストーリー展開はなかなか楽しめた。
ダブルヒロインの勝敗がついたところできれいに幕、かと思ったら最後に新キャラが出てきて意表を衝かれた。これは3巻へのヒキだということなのだろうが、次はいったいどんな話になるのだろうか?

ぷりるん。〜特殊相対性幸福論序説〜

ぷりるん。~特殊相対性幸福論序説~ (一迅社文庫)

ぷりるん。~特殊相対性幸福論序説~ (一迅社文庫)

怪作。わりとありがちな設定のラノベだと思って読んでいるとすぐに雲行きが怪しくなり、やがて主人公の身体にある深刻な異状が発生する。調べてはいないが、ライトノベルこれをネタにしたのは前代未聞ではないか。ラストシーンのおやぢっぽさも笑える。
愛と鬱と性の青春ライトノベル、十文字青『ぷりるん。』がすごい! - ウィンドバード::Recreationでは『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』と『絶望系』を引き合いに出しているが、「ある作家の、その最も濃い部分がぎゅっと凝縮されたような作品」という意味では確かに似ている*2ように思う。
十文字青の小説に対してはしばしば出だしのテンポの遅さが指摘されるが、『ぷりるん。』には当てはまらない。たぶん、これ1冊で完結しているはず*3なので、「長期シリーズはどうも……」という人も安心。

ようこそ青春世界へ!2

ようこそ青春世界へ!  (2) (一迅社文庫)

ようこそ青春世界へ! (2) (一迅社文庫)

1巻は前半のかったるさと叙述上の荒さが気になり、あまり楽しめなかった。一迅社文庫創刊からの1年間のワースト4位に選んでしまったほどだ。2巻もあまり期待はしていなかったのだが、見違えるほど面白くなっていた。
視点転換が多く、各キャラクターの心理に踏み入りすぎていて、やや安直だという気はしないでもないが、微妙で不安定な青春期の人間関係の描写の巧みさはそれを補って余りある。特に、207ページ以降の一幕が素晴らしい。

ANGEL+DIVE CODEX 2.NIGHTMARE

ANGEL+DIVE CODEX〈2〉NIGHTMARE (一迅社文庫)

ANGEL+DIVE CODEX〈2〉NIGHTMARE (一迅社文庫)

十文字青2冊目。無印の『ANGEL+DIVE』はエンジンが起動するまでにえらく時間がかかったが、仕切り直し後は派手なアクションシーンを盛り込んでぶいぶいアクセルを踏み込んでいるという感じ。ただ、ダレ場が少ない分、ヤマ場の高さが今ひとつという感じも。
まあ、この調子なら読むのが苦痛になることはないだろうし、特に文句もないのだが、無印3巻のラストシーンなみの高みにもう一度連れて行ってほしい、と高望みをしてみたくもなる。

おわりに

6月に続いて7月も4冊刊行、そして8月も今のところ4冊刊行予定で進んでいるようで、ここしばらくは毎月4冊体制で進むものと思われる。一時期は予告された作品の発売延期が相次いでいたが、ようやく安定してきたのだろう。
ただ、刊行ペースの安定と同時に、作家陣の固定化が感じられるようにもなってきた。これまで必ず1人は初起用作家がいたのに、7月は皆無だった。『双丘のセンカヌアン』出しておけばよかったのに……。また、8月も六塚光川口士瀬尾つかさ瑞智士記と2作目の作家ばかりを揃えている。一迅社文庫といえばどこの馬の骨かわからない新進気鋭の作家を積極的に起用することで注目を集めていたが、ある程度駒が揃ってきたのでそろそろ守りに入る態勢をつくりつつあるのかもしれない。
レーベルの存続を考えればあまり冒険をせずに地道にこつこつ売れる作家に書かせるほうがいいに決まっているが、単なるウォッチャーの立場からすればもっとはっちゃけたほうが面白い。
その意味で9月刊行予定の『えでぃっと! ―ライトノベルの本当の作り方?!― (仮)』*4をひっさげて小説家デビュー*5する箕崎准に大いに期待したい。

*1:十一日間の不思議 - 一本足の蛸参照。

*2:砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を引き合いに出した人はほかにもいるが、作品の傾向が似ているというようなコメントを見るとちょっと首を傾げた。鬱展開のもつ意味が全然違っているでしょうに。なお、リンク先ではそのような安直な対比を行っているわけではない。

*3:9月発売予定の『ヴァンパイアノイズム』は絵師は同じだがタイトルのつけ方が全然違っているので、きっと全く別の作品だと思う。

*4:「(仮)」が仮題の意味なのかタイトルの一部なのかは不明。

*5:プロフィールを見たところ、これまで商業媒体で小説を発表したことはないはず。