これから人文系大学院へ進む人のために


そこで私は、他大学からX大大学院に来た先輩の紹介で、その大学にいたD先生に論文を読んでもらうことにしました。この先生は後に重厚なシリーズ本を出して有名になるのですが、その時はまだ知る人ぞ知るという人でした。彼は、先輩の電話一本で、その場で電話を代わった私のお願いを気軽に引き受けてくれました。そしてその結果は驚くべきものでした。まず驚いたのは、丁寧にいちいち箇所を挙げて批判した手紙を受け取ったことです。見ず知らずのものにここまで手の掛かることをする親切さは、これまでの大学教授に接した経験に照らして、全く信じられませんでした。そして内容的には徹底的に批判されていました。しかしその批判は、まずこちらの言いたいことをこうであろうとまとめ、つぎにしかしここはこれではこうおかしいという見事なものでした。

こうして何らかの対策を探っていたとき、入会したばかりのある学会の会員名簿で、分析哲学の分野でかなり多くの本を出しているF教授が隣の市にある大学に移っていることを知りました。この距離(D先生は関東に移ってしまい、半径400km以内で分析哲学を専攻している研究者はわれらのA教授だけでした。)なら通って直接教えを請うことができるかもしれません。この教授はそれまでは長く東京の一流大学にいたので、田舎の、それもあまり評判の良くない(しばしば新聞の社会面に登場していました)大学に移っていたのは意外でした。ただ、彼は多数本を出していましたが、そのほとんどが多くの人から強く批判されており(彼が出したアメリカのP教授の本の翻訳は「Pの名前で出ている不思議な本」と呼ばれています)、学問的には非常な不安がありましたが、もう何にでもすがりたいような気持ちでした。