最高級の殺人

最上階の殺人 (Shinjusha mystery)

最上階の殺人 (Shinjusha mystery)

今さらながら読んでみた。
バークリーを読むのは、『第二の銃声』*1以来だ。『第二の銃声』は海外古典ミステリ翻訳ラッシュのさきがけとなった本で、確か出てすぐに買って読んだはずだが、もう10年以上前のことになる。その後も国書刊行会の「世界探偵小説全集」は買っていたのだが、ちょうどミステリ読書意欲がどんどん減退していた時期で全く読めず、積ん読になる一方で、その本の山を見るだけで自己嫌悪に陥って吐き気を催し、ますますミステリが読めなくなるという悪循環に陥り、結局未だに「世界探偵小説全集」はこれ一冊しか読んでいない。
その後、しばらくミステリからほとんど完全に離れてしまい、世紀が変わってからも低調な状態が続いている。たまに何かの弾みで突然ミステリ読書欲が沸くことがあっても長くは続かない。国内ミステリなら年間10冊程度、海外ミステリに至っては1冊か2冊という惨憺たる状況で、そうこうするうちにライトノベルに手を出すようになり、ますますミステリから遠ざかっているのが現状だ。
昔、若かった頃には創元や早川の海外ミステリを浴びるように読んでいたものだが、もう一生そんな読書生活を送ることはないだろう。ああ、昔はよかったなぁ。
……などと愚痴を言っても仕方がない。
先月、『樽』を再読してみて、今でもミステリを読む能力が完全に失われたわけではないと多少自信を取り戻した。そこで、再び自信を喪失する前にもう1冊くらいミステリを読んでみようと思い、手に取ったのが『最上階の殺人』だ。バークリーなら、まあ途中で投げ出すこともないだろう、と。
だが、正直いって最初のほうはやや辛かった。ユーモアとウィットに満ちた読みやすい文章なのだが、もちろんライトノベルほどは読みやすくはない。殺人事件が起こって、捜査が始まって、関係者に訊問して……というおきまりの手続きが続き、このまま読み進めることができるだろうかと弱気になった。
しかし、ヒロインのステラが名(迷)探偵ロジャー・シェリンガムの秘書になって事務室に押しかけてきたあたりから、俄然面白くなってきた。これほど「魅力がない」と形容された魅力あるヒロインはこれまでに存在しただろうか? ある意味、ツンデレにも似ているが決してデレデレすることがない、でもただのツンツンでもないという、ちょっと説明しがたいギャップのあるヒロインと、男の滑稽さを丸出しにしながら体面を取り繕うシェリンガムのやりとりが非常に面白かった。二人の関係は、エラリーとニッキーの関係にも似ているように感じた。*2
でも、『最上階の殺人』はミステリだから、ラブコメ要素だけでは評価できない。では、ミステリとしてはどうかというと……こっちも非常に面白かった。さすが、「長門有希の百冊」に選ばれている*3だけのことはある。
バークリーはあまり厳密にロジックを組む作家ではなくて、何通りにも解釈できそうな手がかりをちりばめておいて、新しいデータが出るたびに仮説がひっくり返されるという技を得意とする。で、そのどんでん返しの方法には手癖のようなものがあって、何冊か読むとだいたいパターンが読めてくる。だから、シェリンガムが事件の謎解きを行うシーンは全く予想の範囲内で意外性はなかったのだが、何となく嬉しくて「ああ、バークリーだ。これがバークリーだ」と心の中で呟いてしまった。
最後のページの最終行、シェリンガムの「やれやれ、助かった」という台詞に至るまで、バークリー節が横溢する一冊だった。
さて、ここ数年の間にバークリーの小説は何冊も翻訳されていて、上述のとおり『第二の銃声』とこの『最上階の殺人』以外は全然読んでいない。これからぼちぼち読んでいこうと思っているが、基本的にバークリーはマンネリズムの作家なので、続けて読むのは得策ではないように思う。できればバークリーと同じくらい読みやすくて作風が全然異なる作家のミステリを間に挟みたいのだが、さて何がいいだろうか?

*1:ISBN:4336036721

*2:とはいえ、クイーンの小説を読んだのは大昔のことなので、かなり記憶違いがあると思う。

*3:ちなみに、「長門有希の百冊」の中にバークリーは2冊選ばれている。同一著者の本が2冊選ばれた例はほかにないので、破格の扱いといえる。