恐るべき手がかり
- 作者: アントニイ・バークリー,佐藤弓生
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 1998/07
- メディア: 単行本
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うん、確かに悪くはない。水準以上だといってもいいだろう。でも、どうにも引っかかる点がある。
この小説の第二部はロジャー・シェリンガムの草稿となっている。実在する人々をモデルに小説を書き始め、途中で投げ出したが、たまたまその小説のモデルが殺人事件の関係者であったために、友人のモーズビー首席警部がそれに着目するという、非常に御都合主義な設定だ。だが、ミステリはたいていどこか御都合主義が混ざっているものなので、これは別に構わないと思う。問題は、その草稿で描かれたある人物の行動が事件解決のための主要な手がかりとなっているということだ。具体的にいえば、74ページで語られているエピソードから、そこに登場するある人物が他人の弱みにつけ込む性格の持ち主がわかるようになっていて、その性格ゆえに殺人事件を引き起こしたことが第十八章で明らかにされる。しかし、269ページでは、74ページのエピソードがシェリンガムの創作であることがはっきりと述べられている*1のだ。
作中に挿入された手記が事件解決の手がかりとなるという趣向のミステリはかなり多い。手記に書かれた内容がそのまま手がかりになる場合もあれば、手記の書き手の心理を示す手がかりとして用いるという場合もある。しかし、ほとんど完全なフィクションに描かれた人物の行動が、そのモデルとなった人物の性格の手がかりとなるという趣向のミステリはこれまで読んだことがない。それはさすがに無茶でしょう。
最後の最後まで読んでも物的証拠が何もなく、ただ「この人物はこういう性格だから犯人ではない。この人物はこういう性格だから犯人だ」という推測だけで成り立っている話で、もとより読者が推理に参加できるようなタイプのミステリではないから厳密なフェアプレイを求めても仕方がないのだが、登場人物の性格づけが作中作に多くを負っているのは問題が大きいのではないかと思った。