もはやうどん粉は存在しない

うどんの秘密―ホンモノ・ニセモノの見分け方 (PHP新書)

うどんの秘密―ホンモノ・ニセモノの見分け方 (PHP新書)

老舗の名店の四代目店主が長年の研鑽で得たうどんに関する学識と蘊蓄をわかりやすく語った好著。ただし、名店は名店でも有楽町の「更科」、つまり蕎麦屋だ。
なんか騙されたような気もするが、世の中には『碁敵が泣いて口惜しがる本―"将棋の天才"が発見した囲碁必勝の秘訣 (ノン・ブック)』などという本もあるのだから、蕎麦屋がうどんの本を書いても不思議はない。
うどんは蕎麦よりも歴史が古いのに、蕎麦通はいてもうどん通の話はあまり聞かない。ラーメン漫画はあってもうどん漫画はない。讃岐うどんブームのときにはそれでもあちこちでうどんの話題を見聞きしたが、今ではすっかりブームも去り、情報とともに食される食べ物ではなくなった。日本人にとって非常に身近な食べ物でありながら、どうもあまりぱっとしない。それだけ生活に密着していて安定しているということなのだろう、と思っていた。
だが、うどんを取り巻く環境はここ数十年の間にかなり変化しているようだ。昔はうどんを作るのに文字通りうどん粉を用いていたが、うどん粉が廃れてメリケン粉を用いるようになり、それとともに食感が相当変わってしまったらしい。これはかなり意外だった。
うどんの変化にまつわるエピソードの一つとして、名古屋の古老が味噌煮込みうどんについて語った言葉*1を紹介してみよう。

「要は、麺自体が軟らかく仕上がることが大切なんです。煮込んでも芯が残っているようなものは、当地では一般的なものといえません。本流からはずれていきますね。
いったいに、麺に腰があることと硬いこととは、まったく意味が違うんですね。このへんは大事なところで、このへんを混同している向きがあるから、ほんとうの旨さ、おいしさが不明確になってしまう」
言われてみれば当たり前のことで、芯が残った麺がうまいわけがないのだが、名古屋の某有名店の味噌煮込みうどんはそれを売りにしているようなところがあって、前に食べに行ったときに「ああ、名物にうまいものなしとはこのことか」と思った身としては、我が意を得たりという気になった。一回食べただけで勝手な判断をして申し訳ない。名古屋の皆さん、ごめんなさい。
ほかにも興味深い話題はたくさんあったのだが、いちいち紹介するよりも原本にあたってもらうほうがいい。うどんに限らず麺類に関心のある人は是非ご一読を。

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