小松左京は健在なり

SF魂 (新潮新書)

SF魂 (新潮新書)

いや、本当に健在かどうかは知らんのだが。少なくともこの本を読んだかぎりではまだまだ元気なように感じた。ただし、これは御大が自分で書いたのではなくて口述筆記だ。
小松左京という大作家の一代記が面白いのは当然のことだが、それとは別の意味で興味を惹かれた箇所があった。81〜82ページ、「万博を考える会」発足のいきさつを語った一節。1964年のこと。

そもそものきっかけは、その年の春、新聞の片隅に載った「東京オリンピックの次は、大阪で国際博?」という見出しの小さなベタ記事だった。【略】
その頃、新聞などはまだ「国際博」という言葉を使っていたが、こちらはあえて「万国博」にした。「万国博」は何か明治的で古めかしいのではないかという意見も出たが、「国際」という単語には近代主義的、特に「戦後民主主義」的なニュアンスがつきまとっている、という梅棹さんの意見にみんな賛成した。
大阪万博以前に既に「万国」は「国際」に取って代わられていたとは……。てっきり、当時はまだ「万国」もそれなりに使われる言葉で、その後30年くらいの間に「国際」に駆逐されたものだと思い込んでいたので、これは意外だった。
「万国」という言葉の意味が明治と昭和と現代で異なっているということはない。だが、この言葉に対する人々のイメージは全く別のものになっている。そのような変化は歴史年表に載ることはないから、こういった証言は非常に貴重なものだ。関心のない人にとってはどうでもいいことかもしれないが。