"When a work has great quality, a great artist produced it."

昨日の続き。東京国立博物館に行った話をしよう。
それは8月14日のことだった。ふつう月曜日は博物館の休日だが、夏休み期間中だけに、東京国立博物館は開館していた。コミケの翌日で疲れ切ってはいたものの、いま開催中の特別展プライスコレクション 若冲と江戸絵画展を見ずに帰るわけには行かない。この展覧会は連日大人気で非常に混雑しているという話は聞いていたので、朝9時半の開場前に並ぶことにした。大井町の宿を引き払って京浜東北線に乗ったのは午前8時過ぎ。東京大停電の影響もなく、東京駅で軽く腹ごしらえをして上野入りしたのは9時頃だった。駅構内で展覧会の入場券を買い、上野公園へ。
東博前には既に行列ができていた。チケットを持って入口前に並ぶ行列と、チケット売場前の行列が。
チケット売場前の行列に並ぶ人たちに「今からでも遅くはない。さあ、抱き枕の梱包に戻るんだ駅に戻って入場券を買ってくるんだ」と言ってやりたい気もしたが、それは余計なお節介というもの。素直に入口前で開場を待った。
そして9時30分、開場と同時に平成館へと向かう。「時をかける少女」に出てきた本館の勇姿を横目で見ながら、走らずに早歩き。平成館に入ると音声ガイドを借りて会場内へ。混雑している第1室をすり抜け、まずは第2室から見ることにした。さすがに開場直後だけにほとんど人の姿は見えない。
今回の展覧会は、展示作品も優れたものが多いが、展示方法にも工夫が凝らされていて話題を呼んでいる。「日本美術を鑑賞する際、光の果たす役割は非常に重要である」というプライス氏の持論に基づき、光の強さや角度を変化させた特別展示が一部の作品で試みられているのだ。変化する光のもとで表情を変える絵画を鑑賞するには時間がかかるが、幸い、前半の展示をすっ飛ばしたおかげで、ゆっくりと静かに鑑賞することができた。
この展示方法は手間も金もかかるので、そうたびたびはできないだろうが、非常に効果的だと思った。ああ、プライスコレクションに「椛山訪雪図」があればよかったのに!
後半の展示を見たのち再度第1室に戻った。どんどん人が増えているので、今度は人の頭越しだ。メインの伊藤若冲の作品の大部分が第1室に展示されているのでちょっと残念だが仕方がない。
若冲といえば、宮内庁三の丸尚蔵館花鳥−愛でる心、彩る技 <若冲を中心に>で見た「動植綵絵*1の印象が強く、色彩豊かで繊細かつ豪奢な作風だと思っていたのだが、それは彼の一面に過ぎなかった。まるで「お笑いマンガ道場」のような「鶴図屏風」や「花鳥人物図屏風」、そして作者名とタイトルを伏せれば20世紀の西洋画だといっても通用しそうな「鳥獣花木図屏風」など、個性の強い傑作が多く、非常に驚いた。
でも、この展覧会でいちばんよかったのは、若冲ではなく長沢芦雪の「白像黒牛図屏風」でありました。
展覧会を見終わって階段を下りると、企画展示室でもプライスコレクションが何点か展示されていた。まだあるのか。いったいプライス氏のコレクションは全部でどれだけあるのか。そういえばミュージアムショップでプライスコレクションの図録を売っていたが7万円以上するので手が出なかった。ああ、お金持ちってすごいなぁ。
と、そんなことを考えていると、階段のあたりから拍手の音が聞こえてきた。企画展示室を出てもと来たほうへと向かうとなにやら人だかりがしている。カメラを持った博物館の職員らしい人に尋ねたら、展覧会の入場者が20万人に達したとのことだった。当然のごとく親子連れだった。
親子はちょうど階段を上ったところで後ろ姿しか見えなかった。が、階段の下にはまだ数人の人が立っていた。その中にどこかで見たような老人が立っている。あ、あれはもしかして……。
ここでちょっと脱線。この日記では基本的に人に会った話はしないという方針をとっているのだが、ここまで書いてやめるのも変だ。すでに1回例外を作っているのだし。脱線おしまい。
……博物館職員らしき人に尋ねると、やはり予想通りだった。件の老人はジョー・プライス氏その人であった。
根がミーハーなものなので、早速握手を求めることにした。プライス氏は日本語をほとんど解さないようだったが、悦子夫人に通訳していただいた。何の話をしたのかは覚えていない。というか、緊張しすぎてほとんど何も言えなかったような気がする。
あとから「若冲と江戸絵画」展コレクションブログを見ると、入場者数20万人突破の記事が写真付きで掲載されていた。


20万人目となった横浜市の林さん親子には、
コレクターのジョー・プライスさんと
野崎弘 東京国立博物館館長から、
Tシャツと図録が記念に贈られました。
あっ、あの場には野崎館長*2もいたのか! プライス氏ばかりに気をとられて、国立博物館4館の頂点に立つ大人物*3の姿を見落としていたとは不覚だった。
それはさておき。
東博を後にして、渋谷で映画の待ち時間に「若冲と江戸絵画」展の図録を開き、プライス氏の「エツコ&ジョー・プライスコレクションについて」を読んだ。ごく短い文章だが、大コレクターが自ら語る半生記だけあって、楽しく読めた。今回の見出しはその文章からの引用だ。
作品の質が素晴らしければ、それは偉大な画家が描いたものである。
まことに含蓄のある言葉だといえるだろう。

*1:ただし、第2期と第5期しか見ていない。全30幅を一挙に見渡すことができれば、さぞ感銘深いことだろうと思うのだが、どこかで展示してくれないだろうか。

*2:正確にいえば「崎」の字が違っている。ここを参照のこと。

*3:野崎氏は独立行政法人 国立博物館の理事長も兼任している。