年末刊行ラッシュの季節に8月発売の本を読むということ

天使のレシピ〈2〉 (電撃文庫)

天使のレシピ〈2〉 (電撃文庫)

賽の河原では今日も子供たちが本を積んでいる。「一つ積んでは遅々のため。二つ積んでは破覇*1のため」と歌いながら。そこに鬼が現れて、積み上げた本の山を崩して「ヒヒヒ……日日日……」と嗤っている。そんな情景を想像していただきたい。
想像してもらえただろうか?
では、今想像した情景を忘れていただこう。ここから先は賽の河原とは全く関係がなく、『天使のレシピ〈2〉』の話。
この本を買ったのは太陽が燦々と照り輝く8月のこと。まさか4箇月も積むことになるとは夢にも思っていなかった。
だが、その後急激に読書意欲が減退し、回復するまでに約2箇月半かかった。そして、ようやく今日読み終えたところだ。
そもそも、なんでこの本を買ったのか。
天使のレシピ (電撃文庫)』はそれなりに面白く読めたのだが、積極的に続篇を読もうという気にはならなかった。一つ一つのエピソードはいいのだが、間を繋ぐ天使パートが妙にポエムがかっているというか、意味ありげなのに意味不明というか、まあそのごにょごにょ……という感じだったからだ。
で、2巻が出たときにはスルーするつもりだったのだが、玲朧月氏の強い薦めで買うことにしたのだった。いったん見切ったシリーズにもう一度手を出そうと思わせるだけの熱気があった。細かいことはよく覚えていないが。
それは夏コミのときのこと。
そして、もう数日後には冬コミだ。
月日が流れるのははやいものだ。
さて、2巻も基本的な構成は1巻と同じだ。高校生を主人公にした恋愛物の中短篇を狂言回しの天使が繋いでいるような繋いでいないような、そんな構造になっている。で、やっぱり天使はいらないような気がするのだが、それはそうとして、それぞれの物語に鏤められたエピソードや描写の数々がきめ細やかで驚かされる。
たとえば、

居間と台所は繋がっていて、動き回る背中が見える。敬之くんは今しめじの根っこのとこを落としている。敬之くんに調理台は実に似合っていて、台の高さと身長も見合っているらしく、快適そうに作業をする。しめじを切り分けたら醤油とかみりんでダシを作る。それにしめじと油揚げを放り込んで染み込ませて、その間におひたし用のほうれん草と味噌汁用のにんじんじゃがいもたまねぎごぼう豆腐を用意する。それらをけんちん汁向けに小さく切り分けてお米を研ぐ。時間がたってしめじに味が染みたので炊飯器をセット。ぽちぽちとボタンを押してやっと小休止。*2
こんな感じだ。
特に奇抜なことが書かれていたり捻った言い回しが使われていたりするわけではないのだが、情景をくっきりと描き出している。
このような描写は、小説に現実感よりも浮遊感を求める読者にとってはストーリーの流れを妨げる夾雑物のように感じられるかもしれない。だが、活劇と戯言だけが小説の楽しみではない。鋭い観察眼に裏打ちされた文章そのものをゆっくりと味わうのもいいものだ。
……玲朧月氏のお薦めポイントとは違うかもしれないが、こんなところに感心した。
もう一つ感心したところを紹介しようと思ったのだが、前後の文脈から切り離してその部分だけ抜き書きしても伝わらないのでやめておく。手許に本がある人は203ページ14行目から16行目を読んでみていただきたい。
このシーンでこんな描写ができるとは!

*1:「破覇」というのは「覇気が破れる=読書意欲が失せる」という意味。今作った言葉なので、たぶん辞書には載っていない。

*2:86ページ。