遅れてきた78年組

神様のメモ帳 (電撃文庫)

神様のメモ帳 (電撃文庫)

浦賀和宏乙一滝本竜彦米澤穂信(50音順)など1978年生まれの作家たちを、「78年組」と呼ぶことがある。確か、かつて「新青春チャンネル78〜」だったサイトで提唱された用語だと記憶しているが、記憶違いかもしれない。また、1978年前後に生まれた作家も含むことがあるので、誰が78年組に含まれるのかについて共通の了解が成立しているわけではない。とりあえず、今のところは仮に「78年組」は上記4人を指すものとしておこう。
さて、78年組の作家たちは、個々の作風や活動ジャンルなどの違いにかかわらず、ある雰囲気を共有しているように思われる。それを言葉で表すのは難しいのだが、強いて一語で言い表すなら「閉塞感」または「無力感」ということになるだろう。あ、二語になってしまった。じゃあ、ついでにもう一語、「焦燥感」というのも付け加えておこう。
もっとも、閉塞感や無力感や焦燥感が漂う小説は78年組の専売特許ではないし、彼らの作品のすべてに閉塞感や無力感や焦燥感が漂っているわけではない。だから、閉塞感や無力感や焦燥感で78年組を特徴づけるのは相当乱暴なのだが、今のところ代案が思い浮かばない。思い浮かばないものは仕方がないので、このまま話を進めることにする。
さて、ここから本題。
第12回電撃小説大賞<銀賞>を受賞し、昨年デビューした杉井光もまた1978年生まれである。だが、デビュー作『火目の巫女 (電撃文庫)』およびその続篇の『火目の巫女〈巻ノ2〉 (電撃文庫)』『火目の巫女〈巻ノ3〉 (電撃文庫)』にはかなり閉塞感、無力感、焦燥感が漂っているのに、これまで78年組との親縁性はあまり指摘されてこなかったように思われる。これはおそらく、「火目の巫女」シリーズが現代日本とかけ離れた平安朝風異世界を舞台にしたファンタジー&アクションものだったからだろう。
それに対して、今回の『神様のメモ帳』は現代日本を舞台であり、登場人物のほとんどが10代から20代ということもあり、杉井光が78年組の系譜に位置づけられるべき作家であるということが一目瞭然となった。舞台設定の違いというのは実のところ本質ではないと思うが、非本質的なことがらのおかげで本質が見えたり見えなかったりするというのはよくあることだ。いまや、杉井光は遅れてきた78年組であると断言してしまって差し支えない。
もちろん、杉井光が78年組に含まれるかどうかということは、作品の評価に直結することではない。だが、78年組の作家たちの小説を愛読している人が『神様のメモ帳』を手に取るきっかけにはなるかもしれない。そこで、あえて作者の位置づけを強調した次第。
以下、『神様のメモ帳』の内容に触れます。特にネタばらしなどは行っていませんが、気になるかたはこの先を読まないでください。
神様のメモ帳』には探偵が登場する。それもただの探偵ではない。ニート探偵だ。この「ニート探偵」というフレーズを見ただけで大いに興味をそそられたことを、まず告白しておきたい。
実際に読んでみると、ニート探偵こと紫苑寺有子、通称アリス、は普通「ニート」という言葉でイメージされるような人物ではない。むしろ「ひきこもり探偵」と呼んだほうが適切な気もしたが、ひきこもり探偵には既に前例*1があるので、これはまあ仕方がないと思いながら読んだ。だが、読み進めるにつれて、前例との抵触を避けるために「ニート探偵」という呼称を用いたというわけではないということがだんだんわかってきた。アリスの仲間たち、作中で語られる事件の関係者たち、さらにやくざ気取りのチームの構成員などにニートが多く含まれていて、いわばこの小説はニートの国の物語である。その物語で中心的な役割を果たす、ニートの国のアリスがたまたまひきこもりだったからといって「ひきこもり探偵」ではしまらない。ここはやはり「ニート探偵」であるべきなのだ。
呼称の問題はいいとして、アリスの探偵としての働きはどうか。ミステリに登場する名探偵の鮮やかな名推理を期待して読むと、ちょっと拍子抜けするだろう。というか、この小説をミステリとみなすのがいいのかどうか、ちょっと迷う。事件が起こって、それにまつわる謎があって、その謎を解くためにディテクションが行われて、その結果謎が解明されるのだから、形式的にはミステリそのものといって差し支えないのだが、そのような読み方をすると、どうもアリスはぱっとしない。いや、別にミステリ的に充実している必要はないのだが、せっかく「ニート探偵」という魅力的な看板を掲げているのだから、アリスにもう少し見せ場があってもよかったように思う。
アリスがあまり活躍しないのはやや残念だが、その物足りなさを埋め合わせるのが語り手の藤島鳴海だ。事件の真相を追うために彼がとった「たったひとつの冴えたやり方」がこの小説のいちばんの読みどころだ。
そのほか、いくつか興味深いエピソードがあったが、それらをいちいち書き出すのはやめておく。途中でだれたり飽きたりせず、最後まで楽しく読むことができたと書いておくだけで十分だろう。
この作品がシリーズ化したなら、ぜひ次作も読んでみたい。楽しみだ。

*1:坂木司の『青空の卵 (創元推理文庫)』から始まる一連のシリーズ。確か三部作だったはずだが、一作目で読むのをやめたので詳しいことは知らない。