交通が便利になれば人口が増加するというのは、誇大妄想かどうかはともかく、途方もなく法外な主張である

まずは、その法外な主張を紹介しよう*1

現代のように、いろいろな面で無理をして子供を産み育てるよりも、個人の生活の豊かさを優先して追求した方がよい、あるいはそうせざるを得ないと人々に思わせてしまう社会の仕組みでは、人口は当然減っていくだろう。
逆に、人々が子供を産み育てたいと思える社会に変わっていけば、人口は自然に増えていくに違いない。人口の増減は、過去のトレンドのみではトレースできないはずだ。*2
鉄道が社会での活躍度合いを低下させてから、既に40年が経過している。そして現在、自動車交通の利便性向上が伸び悩み始めていると同時に、日本の人口が頭打ちから減少傾向へ差掛かっていることは、単なる偶然だろうか。私には偶然とは思えない。
交通利便の向上の行き詰まりに呼応して、人口の伸びも止まったと考えるのは、交通の重要性をひいき目に見過ぎだろうか。さらには、再び交通利便を向上させる時代とできれば人口減少から増加へと転じられると主張したら、誇大妄想と取られるだろうか。
極端に言えば、鉄道や自動車交通の利便向上が頭打ちになったのが人口減少となった原因のひとつとするなら、いずれかが再び目に見えた利便向上を実現すれば、人口減少から増加へと転じるはずだ。

『満員電車がなくなる日』のことは、「満員電車がなくなる日―鉄道イノベーションが日本を救う」を一応は読んでみた。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月で知った。それに触発されて逆都市化時代のコンサルタントなどという文章を書いてはみたのだが、肝腎の『満員電車がなくなる日』を読んでいなかったので、ちょっとずれたことも書いてしまった*3。その後、書店でこの本を見かけて買っておいたのだが、いろいろあって放置していて、約3箇月経って忘れた頃に発掘して読んだわけだ。
ひどく大雑把に要約*4すれば、こうなる。満員電車をなくすためには、輸送力を増強すればよい。輸送力増強のためには技術開発が必要だ。技術を開発し導入するための経費は運賃値上げや規制緩和によるコストダウンで対応すればよい。
それぞれのアイディアは、お話としては面白いのだが、直観的に実現困難なように思われる。空間的にも時間的にも閉じられた系なら何とかなるかもしれないが、現実の鉄道は乗り換えや乗り入れによって他の鉄道と繋がっているし、一年中定休日なしに毎日走っている。他路線との連絡を切断し、長期に運休するのではないと、実現できない策が多い。
もちろん、実現困難であるということは、それが不可能だということではない。やってやれないことではないかもしれない。今は無理でも技術革新が進めば何とかなる、と信じることはできる。でも、満員電車というのは、無理に無理を重ねて無理矢理解消しなければならないほど重大な問題なのだろうか? ほかに、より優先順位の高い社会問題はいくらでもあるのでは?
この疑問に対する十分な回答はこの本にはない。ただ、冒頭に掲げた引用文は、著者がなぜ満員電車を大きな問題だと考えるのかをある程度示している。満員電車とは、交通利便向上の行き詰まりという社会病理の典型的な症状のひとつなのだ。そして、この病理は、単に通勤客を苦しめるだけでなく、より大きな社会問題――人口減少問題――の主要な原因ともなっている。だとすれば、多少の無理をおしてでも満員電車をなくさなければならないではないか。
なるほど、そう考えれば著者の姿勢は理解できる。だが、全く同意できないし、共感もできない。
「単なる偶然だろうか」と著者は問う。
「然り、単なる偶然だ」と答えたい。そう断定できる根拠があるわけではない。しかし、挙証責任は「偶然ではない」と主張する側に課せられているのだ。反対者はただ合理的な疑いを差し挟む余地があることを示せば足りる。
戦後日本の交通利便の動向と人口の動向との間に多少類似した傾向が見られるとしても*5、他の時代や他の国ではどうなのか? たまたま我々が戦後日本に生きているために、偶然の類似を過大評価しているだけではないのか?
ところで、全然レベルの違う話だが、この本を読んでいて不思議に感じたことがひとつある。それは、鉄道利用者の利便性にとって大きな要素となる、駅へのアクセスとか乗り換えの手間などの話題がほとんど扱われていなかったことだ。特に後者については、この道の巨匠、川島令三が奇想に満ちた直通運転の数々を提案しているのと対照的だ。閉鎖系モデルで単純化して議論を進めているのだと考えれば当然なのかもしれないが、それにしても少しくらいは触れておいてもよかったのではないかと思った次第。

*1:『満員電車がなくなる日』167ページから168ページ。

*2:【引用者註】この引用箇所の前に、国立社会保障・人口問題研究所日本の将来推計人口に言及している。この一文はそれを受けたもの。

*3:着席乗車したときの割増運賃の課金方法については、『満員電車がなくなる日』116ページでイラストつきで説明されている。なるほど、この方法なら可能だろう。

*4:もうちょっと細かな要約を知りたい人は、前述【「満員電車がなくなる日―鉄道イノベーションが日本を救う」を一応は読んでみた。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月を参照のこと。

*5:著者は交通利便の動向を定量的に示す指標を何ひとつ提示していないので、本当に両者に類似した傾向があるのかどうか、はっきりとしたことは言えない。