一迅社文庫創刊第1弾全7冊の感想

今月20日に創刊した一迅社文庫の第1回配本分7冊をすべて読み終えたので、読んだ順に簡単に感想を書いておくことにする。

黒水村

黒水村 (一迅社文庫)

黒水村 (一迅社文庫)

ライトノベルレーベルからホラーが出るのは珍しい。レーベルカラーを打ち出す創刊ラインナップともなるとなおさらだ。ホラーは苦手分野なのでふだんはほとんど読まないのだが、そういうわけでちょっと興味を惹かれて『黒水村』を『死図眼のイタカ』と『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』と併せて買った。
3冊のうち『死図眼のイタカ』はいちばん最後の楽しみにとっておいて、『黒水村』と『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』のどちらを先に読もうかと考えたとき、『黒水村』と『死図眼のイタカ』はどちらも重そうなので続けて読むと疲れるだろうと思い、間に『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』を挟むことにした。よって自動的に『黒水村』を最初に読むことになった。
黒水村の妖しさ、気持ち悪さはなかなかのもので、とことん厭なサスペンスの盛り上がりと相まって、中盤までは息つく暇もなく駆り立てられるように読まされた。ただ、怪事件が積み重なるうちにやや慣れが生じ、村の秘密が徐々に解かれていくと、少し落ち着いて冷静になってきた。件の黒幕の正体については、ちよっと無理っぽいと思った。最初から不自然なところがあって、この人物以外に考えられないのは確かなのだが……。
ところで、作中で何度か登場人物が「もう限界」というような言葉を漏らしていて、明記はされていないものの、昨今はやり(?)の「限界集落」を念頭においていることは間違いないのだが、そういった集落に対して都会人が何となく抱いているネガティヴなイメージを誇張することで雰囲気づくりをするのは、ホラー作法のセオリーにはかなっているのかもしれないが、ちょっと不快だった。手垢のついた言葉でいえば「俗情との結託」ということではないだろうか。

ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。

『黒水村』の読後感がさめないうちに『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』を開いたのだが、すぐに明るい別世界へと導かれ、非常に爽快な気分になった。
カバー絵からも明らかなとおり、巫女が登場して重要な役割を演じるのだが、ベタな萌えを露骨に前面に押し出すのではなく、むしろ淡々と周囲の風景に溶け込むかのように描いている。また、ストーリー自体もさほど起伏に富んだものではなく、こってりとした味付けに慣れた人にとっては全篇ダレ場だと感じられるかもしれない。しかし、別に何でもないちょっとした描写の中にも味わいがあり、急いで飛ばし読みするのではなく、ゆっくりと噛み締めるなら、決して退屈な小説ではない。
ただ、じっくり腰を据えて読むと誤字脱字がよく目立つ。『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』に限らず、一迅社文庫は校正が粗雑で、おそらく専門の校正係がいないのだろうと思われるのだが、読者の鼻面を引き回して勢いで読ませる作品はともかく、『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』のようにじんわりと雰囲気を楽しむべき作品で誤植を見つけると甚だ興ざめする。それでも、その場限りのことなら目をつぶってやり過ごせばいいのだが、それで済まない場合もある。たとえば20ページで夏休みの始まりが八月二十六日だと書かれているのを誤記だと知らずに読んで「へー、八月下旬から夏休みが始まるとは変な学校だなぁ」と思って読み進めていくと、ある登場人物の名前に込められた意味が丸つぶれになってしまう。
もっと校正がしっかりしていればよかったのに、と思うと残念でならない。1冊できっちり完結しているのてで続篇はないと思うが、同じ作者の小説を今後も出す予定があるのなら、このような不始末は二度と繰り返さないようにしてほしいと願う。

死図眼のイタカ

死図眼のイタカ (一迅社文庫)

死図眼のイタカ (一迅社文庫)

今回いちばん期待していたのが『死図眼のイタカ』だ。デビュー作『火目の巫女』以来ずっと注目している作家だが、『さよならピアノソナタ』シリーズでは作者本来の持ち味を控えて一般受けを目指した結果、少しバランスを崩しているように見受けられた。その杉井光が、ホームグラウンドの電撃文庫を離れて果たしてどのような作品を物しているものか、それが気になっていたのだ。
一方、つい今さっき書いたことと矛盾するようだが、正直にいえば『死図眼のイタカ』そのものの出来映えにはあまり期待はしていなかった。仮にこれが失敗作だとしても、これまでの作風との対比だけでも十分楽しめるのだから全然構わない、という心構えだった。
実際に読んでみると、最初に述べた期待のほうは満たされ、かつ、期待していなかった作品そのものもかなり高く評価できるものだった。ヒロインのイタカのもつ特殊能力があまり生かされておらず、タイトルに謳われている「死図眼」という語が本篇中にまったく出てこないなど、やや設定がこなれていないという難はあるものの、主人公の義妹4人の性格づけがしっかりしていて、90ページあたりから始まる鬱展開がよく効果を挙げていること、そしてラストで明かされる事件の構図が意外であるのと同時に説得力をもっていることなど、見るべき点は多い。
私見では杉井光のベストである『神様のメモ帳』シリーズが、1年のブランクを経て再開することになり、それはそれで非常に楽しみなのだが、この『死図眼のイタカ』もまた捨てがたい味がある。続篇が出るのなら、ぜひ読みたいものだ。

死神のキョウ

死神のキョウ (一迅社文庫)

死神のキョウ (一迅社文庫)

まとめて買った3冊をすぐに読み終えたので、続いて『死神のキョウ』と『ANGEL+DIVE 1』を買ってきた。『ANGEL+DIVE 1』のほうは暗そうな雰囲気だったので後回しにして、まず『死神のキョウ』から。
カバー見返しの著者紹介のところにバイク窃盗犯を捕まえようとして逆に刺されたというエピソードが紹介されている。事件当時、ネット上でも話題になったのでかすかに記憶に残っている。確か、この負傷が元で作者がシナリオを担当していたゲームの発売が延期になったのではなかったか。ただし、そのゲームそのものは未プレイで、タイトルも覚えていない。
『死神のキョウ』を読んでみると、キャラクターの設定や会話のノリなどがある種の美少女ゲーム的で、コミカルな雰囲気から一転してシリアスな展開になるところも含めて気軽に楽しく読むことができた。ゲーム的な小説を読むくらいならゲームをプレイするほうがいい、と考える人もいるだろうが、ゲームは時間を食うし、場所を選ぶ。いつでもどこでも作中世界に没入できる小説とはわけが違う。以前書いたように『死神のキョウ』は渡世の義理で参加した宴会の場で読み終えたのだが、こんなことができたのも小説ならではだ。
『死神のキョウ』を読んで、しばし憂き世を忘れて一息つくことができたのは非常に有難かった。これも続篇が楽しみな作品だ。

ANGEL+DIVE 1.STARFAKE

ANGEL+DIVE〈1〉STARFAKE (一迅社文庫)

ANGEL+DIVE〈1〉STARFAKE (一迅社文庫)

十文字青初読。
独特のテンポで語られるマイペースな主人公の言動や心理は面白く、双子姉妹の片割れの台詞の歯切れの良さと合わさって中盤は非常に面白かった。ただ、そこに至るまでがやや長く感じられたのと、終盤の異能バトルにあまり魅力を感じなかったのとで、全体としては中くらいという印象だった。
最初からシリーズ前提で組み立てられているため、2巻以降も読まないとまとまったことは言えないが、続きを読むかどうかは未定。あまり間があくと人物やら設定やら伏線やらを忘れてしまうので辛いし、コンスタントに出ても長期にわたるようなら追い続けるのがしんどくなってくる。3巻くらいでコンパクトにまとめて締めくくってくれると助かるのだが……。

ふたかた

ふたかた (一迅社文庫)

ふたかた (一迅社文庫)

7冊のうち5冊を読んだので、この勢いで7冊全部読破しようと思い、残り2冊も買ってきた。『零と羊飼い』は何となく危険な匂いを感じたので、先に『ふたかた』から。
わかつきひかるの小説は何冊も読んだことがあり、作風の傾向がわかっているので、身構えずに肩の力を抜いて読むことができた。第4章と第5章の章タイトルと内容にずれがあるなど杜撰な編集が目についたが、ストーリーそのものは悪くはなかった。

零と羊飼い

零と羊飼い (一迅社文庫)

零と羊飼い (一迅社文庫)

これは読んでいてかなりしんどかった。
異能者たちの能力にも、その能力を用いた計画にも、そして計画を実行する人物の思考にも違和感があり、どうにも馴染めない。中盤以降でメタフィクションっぽい要素が盛り込まれているのだが、あまり捻りがなく無造作に用いられているような気がして、もったいないと思った。
うーん。

まとめ

ライトノベル新規レーベルが雨後の筍の如く現れて飽和状態に達し、「最後の新規レーベル」ガガガ文庫鳴り物入りで登場したのがちょうど1年前の5月のことだったが、その後の迷走ぶりは記憶に新しい。ガガガは最近ちょっと持ち直した感があるが、一方では富士見ミステリー文庫が果てしなく廃刊に近い衰退ぶりをみせ、ゼータ文庫は廃刊し、カノン文庫は創刊すらかなわなかった。
こんな御時世に世に出ることとなった一迅社文庫は果たしてどうなることやらと思われたが、初回配本分を読んだ限りでは中の上くらいの水準に達しているように思われる。
肝腎の売れ行きのほうは確かなデータはないが、一迅社WEB|書店様向け情報を見ると、『死図眼のイタカ』『死神のキョウ』『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』『ふたかた』に重版がかかることになったそうなので、それなりには売れているのだろう。ただ、残りの3冊のうち『黒水村』はもともと読者を選ぶ内容だから仕方がないとして、公式サイトの紹介ページ筆頭の『ANGEL+DIVE 1』と、今回唯一のノベライズ『零と羊飼い』の重版予定がないのはちょっと気になる。
あと、作品の傾向についていえば、7作品すべてが現代を舞台にしていて、時代物や未来物はないし、異世界ファンタジーもない。また、全作品が何らかの意味でスーパーナチュラルの要素を設定に含んでいる。レーベル全体のカラーは既存レーベルのうちでは電撃文庫にやや近いように思われるが、今後、旧富士ミス系の作家が入ってくるとどうなるのだろうか。これもちょっと気になるところだ。
個人的には、『死図眼のイタカ』や『死神のキョウ』クラスの作品をコンスタントに出し続けて、たまには『ある夏のお見合いと、あるいは空を泳ぐアネモイと。』のような傾向のものも出してもらえると有難い。あと、ホラーはほどほどに。