毒多く、奇想控えめ

サラン・故郷忘じたく候 (文春文庫)

サラン・故郷忘じたく候 (文春文庫)

山田風太郎隆慶一郎を足して二で割らずにキムチを添えたような作風で知られる荒山徹の短篇集。元版は『サラン 哀しみを越えて』というタイトルだったそうだが、文庫化にあたって改題された。なるほど、所収6篇のうち「故郷忘じたく候」がいちばんよく書けている。その次は、やはり元版の表題作「サラン 哀しみを越えて」か。
荒山徹の小説はどれでも読めば面白いとわかっていながら、逆にその安心感のせいで積極的に読む気が起こらず*1、長篇は初期の『魔岩伝説』を読んだきり、短篇集も『十兵衛両断』しか読んだことがない。どちらも突拍子もない奇想*2が炸裂するバカ活劇小説だった。
そこで、同じノリを期待して『サラン・故郷忘じたく候』を読み始めたのだが、意外なことに奇想は控えめで、数機な運命に翻弄された人々の哀歓や愛憎が前面に押し出されていた。期待していたものとは違ったがこれはこれで面白い。ただ……なんというか、昨今ネット上でよく見かけるある種の人々に受けそうな視点がもろに出ていて、素直に没入できないところがあった。
とはいえ、圧倒的な読ませる力に押し切られ、最後まで読み切ってしまい、最後の最後の例のアレで「ああ、やっぱり荒山徹は奇想の人だ」と思いつつ、末國善己の解説を読むとあら不思議、途中ぎくしゃくとした感じかがした要素がすんなりと収まるところに収まって、「これぞ傑作!」と言いたくなった。小説の解説とはかくあるべし、という見本のような名解説だと思う。元版で読んだ人も解説を読んでててほしい。これから読む人は先に読まないように。
久々の荒山徹で満足したところで、同じく今月の新刊で『処刑御使』が出ていることを知った。元版が出たとき、ごく一部の人々の間で「和製○○○○」*3と呼ばれ話題になった作品だ。そのバカな設定に心惹かれるものがあり、直ちに買ったはいいけれど、怒濤のように押し寄せる20日発売ラノベ群を前にして、さてどうしようか考えあぐねているところだ。

*1:同様に、面白いのにあまり読んでいない作家に横山秀夫がいる。

*2:もちろん、突拍子もなくはない奇想など存在しないのだが。

*3:伏せ字には映画のタイトルが入る。字数は無関係。