かなと漢字で適用範囲が異なる言葉

去年の締めくくりラノベネタ三連発でかなり疲れたので、新春は軽い雑談から始めることにしよう。

やはり蕎麦と書きたいとは思う。というか、私にとって「そば」(orソバ)というのは、うどんも中国の麺もヴェトナムのフォーもパスタも、とにかく細長い食べ物全てを包括する一般的なものだからだ。

【略】

逆に、さけと仮名で書くと日本の清酒を指し、酒と漢字で書くと、アルコール飲料一般を指す。

うどんが「そば」に含まれる、という言語感覚はよくわからない。
「中華そば」や「沖縄そば」には全然違和感はないが、それはたとえば「西洋将棋*1や「中国将棋」*2みたいなものだ。囲碁もまた「しょうぎ」(orショウギ)に含まれる、などと言われたら変だ。それと同じこと。
うどんはうどんだし、そばはそばだ。あと、ここには挙げられていないが、そうめんもそうめんであり、「そば」のうちに含まれるわけではない。主要な和麺を表す言葉は互いに独立であり、漢字で書こうがかなで書こうが、包摂関係にはないと思う。
和麺以外だと「○○そば」と称して、広い意味での「そば」に含めるというのはあり得ると思う。先に挙げた「中華そば」や「沖縄そば」のほか、中華そばから生じた「焼きそば」「油そば」など。でも、フォーはやっぱり「ベトナムうどん」でしょう。
そういえば、以前、皿うどんはなぜ「皿うどん」という名前なのか、不思議に思ったことがある。あれはどう考えても揚げそばないし堅焼きそばの類似品だろう、と。でも、「皿うどん」というのはもともとちゃんぽん麺を使った料理だと知った。それでもラーメンの類似品と考えれば「皿そば」でいいような気もするが、明治初期には小麦粉を用いた麺料理はうどんに喩えるほうが自然だったので「皿うどん」になったらしい。初期のラーメンやちゃんぽんのことは「支那うどん」と呼ばれていた、とどこかで読んだ記憶がある。
閑話休題
焼きそばのことを「焼き蕎麦」と書いても間違いではないが、それだと元祖瓦そば たかせの名物料理を連想してしまう。やはり、蕎麦粉を使わない麺料理を表す「○○そば」はかな書きにしたいものだ。でも、和蕎麦のことは常に漢字で書くべきかといえば、別にそこまでの拘りもない。「きそば」「ざるそば」「へぎそば」など、かなでも違和感はない。
「そば/蕎麦」と似たような例を考えてみると、すぐに思い浮かぶのは「焼き鳥(鶏)/やきとり」だ。「焼き鳥(鶏)」は鳥(鶏)肉を串に刺して焼いた料理だが、「やきとり」だと豚肉でも構わない。もっとも、豚肉を用いる「やきとり」はご当地グルメの類で、鳥(鶏)使用のものと区別するため「やきとん」と称するところも多いようだ。漢字で書けば「焼き豚」だろうが、これでは「やきぶた」と誤読されるおそれがあるので、かな書きするのが通例だとか。
逆に、かな書きしたほうが適用範囲が狭くなる例には何があるか。
冒頭で紹介した引用文では「さけ/酒」の例が挙げられているので、同様に飲食物の例があればいいのだが思いつかなかったので、「キモノ/着物」を挙げておこう。広義の「着物」は衣服全般を指すが、現在では和服のみを指すことが多い。それが「キモノ」になると、女性用化粧着ないし寝間着となり、さらに意味がぐっと狭まる。「何それ? そんな『キモノ』の用法知らないよ?」と首を傾げる人もるだろうが、英語の「kimono」の逆輸入語だ。翻訳ものの小説などでときおり出てくる。
「キモノ/着物」の例はやや特殊すぎた。別の例を探そう。あ、そうそう「ケータイ/携帯」があった。「携帯」というのは何かモノを携えるという意味だが、「ケータイ」だと携えるモノが電話に限られる。カテゴリーが異なる*3ので、厳密にいえば適用範囲の大小の例ではないのだが。そういえば「モノ/物」というのもあるが、これも単純にどっちが広義でどっちが狭義とは言いにくい。
さらに思いついたのが「イミ/意味」だ。フレーゲの用語で「Sinn」を「意義」、「Bedeutung」を「意味」と訳す風習が定着している*4のだが、それではSinnとBedeutungの両方を含んだ意味作用一般を指す言葉がなくなってしまうので、「意味」を日常語そのもままの意味で用いて「Bedeutung」には「イミ」を充てる*5という工夫をした文章を見かけたことがある。誰の文章だったか忘れたけれど。ああ、こっちのほうが「キモノ/着物」よりずっと特殊だ。
いろいろ考えているうちに夕食の時間になった。今日の料理はすきやきだ。原型は「鋤焼き」だそうだが、今では別の料理といっても差し支えないのではないかと思う。では、いただきます。

追記

「クスリ/薬」というのを思いついた。カタカナで書くと麻薬や覚醒剤の類をイメージするのではないか、と。でも文脈次第か。

*1:チェスのこと。

*2:シャンチーのこと。

*3:「携帯」は行為、「ケータイ」はモノ。

*4:よくは知らないがフッサールだと訳語が逆になるらしい。

*5:当然、「Sinn」は「イギ」となる。