誰でも作れる密室

まえがき

以下の小説は文芸スタジオ回廊「雲上の庭園」第2回募集に応じて投稿するために書いたものですが、後述する事情により投稿するのをやめたものです。構想10分執筆1時間、うち40分くらいは1000字以内に収めるための推敲だったという、お手軽チープな作品ですが、そうは言っても書いたものを埋もれさせるのはもったいないので、代わりにここで公開することにしました。

本文

「密室殺人なんか簡単さ。僕だって密室トリックくらい思いつくよ」と嘯いた室密(むろ ひそか)が密室状態の書斎で殺されたのは皮肉な話だ。室ご自慢の西洋館「酷使館」での晩餐後、客人たちが歓談中に書斎から絶叫が聞こえ、書斎に駆け寄り樫の扉を開こうとしたが押しても引いても動かない。皆が力を合わせて扉を破ると、室は床に俯せに倒れ、背中には鍔広の短剣の柄が生えていたという次第。窓は内側から施錠され、扉からは壊れた閂がぶら下がっている。皆が扉を破るまで書斎が密閉されていたのは間違いない。
執事の提言により客人たちは客間に戻り、執事が現場保存のため扉に鍵を掛けてから広間に向かうと、招かざる客が約一名。聞けばネコ耳メイドを求めて放浪する旅の名探偵、猫釜神康という。「ウチにはメイドは数人いますがネコ耳ではありません」取り込み中につき退出を求めたが猫釜は応じず、殺人現場を見せろとわめく。押し問答の末、再度書斎に向かう羽目になった。
「確かに密室ですな」と猫釜は言う。「でも室氏の生前の言葉どおり密室殺人なぞ簡単なものです。もうトリックがわかりました」客人たちはどよめく。「ほら机の上にこんなものが」と西洋館の書斎には場違いな瞬間接着剤のチューブを指す。「閂は皆さんが扉に体当たりする前に壊されていて、扉を框に固定していたのは接着剤だったわけです」
「だが悲鳴が聞こえてから我々が到着するまでの間にそんな細工の余裕はない」と客が反論する。「それに接着剤を使ったのなら痕跡が残るはず。科学捜査に耐えられるわけがない」と別の客。
しかし名探偵は動じない。「接着剤が室内に遺されていたことをお忘れで? 室氏は自ら接着剤で扉を封じ、閂を壊してから叫びを上げて床に伏せ死んだふりをしたのです。鍔の広い短剣は芝居の小道具、刺せば刃が引っ込む代物です。晩餐の後の余興のつもりだったのでしょう。もちろん警察の捜査が入るわけもない」猫釜は執事に目を向ける。「室氏の誤算は腹心の部下に裏切られたこと。あなたは客をここから追い出した後で、室氏を本物の短剣で刺したのです。古くからある時間差トリックです。室氏のトリックも決して褒められたものではありませんが、それにしても前例のあるトリックの贄となったのは不運なことでした」

あとがき

「雲上の庭園」の今回の募集テーマが「現実に溢れる虚構」だったので、一種の虚構ともいえる擬死を扱ったミステリを書こうと思ったのだけど、1000字の枠内ではそれを溢れさせることができなかったのが投稿を自粛した理由です。あと500字あれば、もう一つくらいダミーのトリックをぶち込めたのだけど……。