濡れた浴場 徳田新之助21人

真っ昼間の銭湯。がらんとした浴場で二人の男が褌一丁で向かい合っている。
「サブちゃん……」
「ケン……」
「サブちゃん」
「ケン」
「……サブ……ちゃん」
「……ケン……」
ただ互いの名前を呼び合うだけの二人。ほかに言葉はいらない。一緒にバラ焼きを食った仲だ。いずれが肉か玉葱か。甘辛仕立ての絶妙のハーモニー。
「サブちゃん」
「ケン」
「サブちゃん」
「ケン」
浴場の壁は見事に隆起した富士山の絵が描かれている。だが、二人の男は見つめ合うばかりで壁絵に目を向けることはない。
「「サブちゃん」」
「ケ、ケン?」
あまりに凝視しすぎたせいかケンの姿がダブってみえる、とサブは思った。いや、そればかりかケンの声も。
「サブちゃん」「サブちゃん」
「ケン!」
「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」
「ケン!!」
ダブってみえたのは錯覚ではなかった。ケンの身体はふたつに割れて、さらにふたつに分かれていった。サブは戸惑いながらもケンの名を呼び続け、ケンは分裂を続けながらサブに応える。
「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」
「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」
「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」
「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」
「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」「サブちゃん」
「ケン……ケン!」
横四列、縦五行に分裂したところでケンの増殖はとまった。総勢二十人のケン。
いや、もう一人。ケンを見つめるサブの腹がむくむくと大きくなったかと思えば、それが破裂して中から小さなケンが出てきたのだ。
かくして二十一人のケンが浴場に姿を現した。サブは腹を押さえて転げ回っている。ああ、愛とはなんと痛みを伴うものなのか!