無農薬栽培が広まると残留農薬が増える……かもしれない

先日、無農薬・有機農法*1で米や野菜を作っている人に話を聞く機会があった。その人は農薬と化学肥料によって水田や畑の生態系が破壊されることを憂いて無農薬・有機農法を始めたのだという。「虫も食わないような野菜は危険だ、と子供たちに教えてやりたい」と熱意をこめて語ってくれた。ただ、今のやり方では農薬と化学肥料を用いる慣行農法に比べて約3分の1ほどしか収穫できないのだという。それが、その人の悩みの種だった。
その人自身は専業農家ではなく、自然観察業*2で生計を立てているのでいいのだが、今のままでは無農薬・有機を広めていけない。「自分ひとりで無農薬栽培をしても仕方がない。無農薬でもせめて2分の1くらいの収穫が得られるような技術を開発して、少しでも多くの農家に無農薬のよさを知ってもらいたい」と言った。その人の見積もりでは、無農薬・有機で作られた農産物に価値を認めてくれる心ある人に直売すれば市場価格よりも高く売れるため、慣行農法に比べて半分しか収穫できなくても何とか生活できるだけの収入は得られるということだった。無農薬・有機農法で栽培した安全で安心な米や野菜が「賢い消費者」に高く評価され、それが価格に反映されて農家の励みになり、次第に無農薬・有機の輪が広まっていき、ついには日本全国のほとんどの農家が農薬と化学肥料を捨ててしまう……そんな未来図を描いているようだった。
だが、もしそんなことになったら日本の食料自給率は今よりかなり下がるのではないか。海外から今より多くの農作物を輸入することになれば、ポストハーベストなどの残留農薬の危険性が今よりも増すことになるのではないか。その時、無農薬の国産農作物と輸入農作物の残留農薬の量を合計したら、今より状況が好転していると果たして言い切れるだろうか?
……という疑問がふと脳裏をよぎったのだが、確固とした方針と情熱をもって大きな事業に取り組んでいる人に疑問をぶつけても仕方がないので黙っておくことにした。

*1:この表現は人によっては「砂糖抜きのブラックコーヒー」と同じくらい冗長な言い回しだと感じられるかもしれない。

*2:という職業があるわけではないが、適切な表現が思い浮かばない。