音楽の捧げ物(合唱つき)

昨日、中古レコード店でヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団他の演奏によるバッハの「音楽の捧げ物」のCDを買ってきた。
実は生まれて初めて買ったレコード*1は「音楽の捧げ物」だった。カール・ミュンヒンガー指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団の演奏による。ミュンヒンガーは20世紀におけるバロック音楽復興の立役者のひとりだが、今となってはもう過去の人だ。ケーゲルも同様に過去の人っぽいが、こっちはあまりよく知らない。ゲーベル*2と語感が似ているので記憶に残っている程度だ。
「音楽の捧げ物」のCDを何枚持っているか数えたことはないが、たぶん10種類以上はあるだろう。バッハとかバロックとかの名曲集のCDボックスを買うとその中の1枚が「音楽の捧げ物」に充てられているということが多い。「音楽の捧げ物」を単品で買うことはほとんどないのだが、ケーゲル盤は合唱つきだというので興味を惹かれて買ってみた。「音楽の捧げ物」は一部を除いて楽器の指定がないから、どんな編成で演奏してもいいのだが、さすがに声楽入りの演奏は聴いたことがない。
で、早速聴いた。
まず最初は「3声のリチェルカーレ」。これはサンスーシ宮殿のピアノフォルテ*3で演奏されている。ただし、バッハ本人が演奏したのと同じ楽器かどうかはわからない。これはまあ、ふつうの演奏。
続いてカノンが5曲、ごくおとなしい編曲で演奏されて、フルートとヴァイオリンと通奏低音のためのトリオ・ソナタで折り返し。トリオ・ソナタは特にアレンジされていなさそう。現代楽器を使っているので古めかしい。
その後、カノン残り5曲が続き、最後は「6声のレチェルカーレ」で締めるというシンメトリー構成になっているのだが、この後半のカノンが面白い。期待していた合唱はほんの数秒程度しかなかったが、楽器の使い方が独特で、現代音楽というかムード音楽風だった。これはちょっと言葉では説明できない。
最後の「6声のリチェルカーレ」はウェーヴェルン編曲の「リチェルカータ」を使っている。「音楽の捧げ物」の中に、その抜粋編曲の「リチェルカータ」を再度放り込むという発想はありそうでなかなかない。とはいえ、さすがに「リチェルカータ」は初めて聴く曲ではないので、さほど新鮮さはなかった。
ケーゲルの演奏はライプツィヒのベタニア教会で録音されたものだそうだ。聖トマス教会でないのが残念だ。ベタニア教会というのは有名なところなのかと思って検索してみたが、ケーゲルの演奏でよく使われたということ以外はわからなかった。
1972年の録音なので、旧東ドイツ時代のもの。その後、東ドイツは消滅し、ケーゲルは自殺したという。知らなかった。

*1:CDではなくLPだった。ああ、年齢がばれてしまう……。

*2:ラインハルト・ゲーベルは1952年生まれなので、1915年生まれのミュンヒンガーや1920年生まれのケーゲルよりずっと若い世代だが、やはりそろそろ過去の人になりつつあるのではないかという気がする。時の流れは残酷なものだ。

*3:解説書では「フォルテピアノ」と書いてあったのでそう書こうかとも思ったのだが、何となく気が変わった。