身体と衣服

吸血鬼を滅ぼすにはいくつかの方法がある。白木の杭を心臓に打ち込む、銀の弾丸で狙撃する、聖水を振りまく、天日に晒す、アルミホイルにくるんで網で焼く、檜の樽に漬け込んで最低半年以上熟成させる、などなど。どの方法でも、吸血鬼は「ぎゃー」と叫んで絶命する。その時、鼓膜が破れるおそれがあるので、耳栓を使うのが望ましい。または、少し離れたところから、よく訓練された豚に作業を指示してやらせるという手もある。
さて、虎は死んで皮をのこすが、吸血鬼は死後に何ものこさず、塵となって消える。おそらく、吸血鬼の身体はもともとこの世の物質ではなく、彼もしくは彼女の生命力によって辛うじて現世に繋ぎ止められていたのが、死と同時に繋留が解けて、現世から消滅してしまうのだろうと考えられている。
では、吸血鬼の衣服はどうか。吸血鬼の死後、形見の下着やマントがのこったという話は聞かないから、おそらく身体と同時に消滅するのだろうが、衣服は現世の物質で構成されているのではないか?
この疑問に対する回答案をいくつか掲げておこう。

  1. 吸血鬼の衣服は現世のものではない。彼らの身体と同じく異世界に出自をもつものである。
  2. 衣服は吸血鬼に着用されることによって、その身体と同化する。よって、身体と命運を同じくするのだ。
  3. そもそも、吸血鬼は異世界の存在ではなく、その死とともに身体が消滅するメカニズムそのものを再検討する必要がある。たとえば、吸血鬼とは概念的存在者であって、身体も衣服も概念の一部だと考えるのはどうか。

今のところ、これらの案のうちひとつを選ぶ有力な根拠はない。吸血鬼に関する信頼できる資料があまりにも乏しいからだ。今後の研究に期待するしかない。