奇想と豪腕

十兵衛両断 (新潮文庫)

十兵衛両断 (新潮文庫)

面白い。無茶苦茶面白い活劇小説。
表題作「十兵衛両断」は、朝鮮の妖術に陥れられて身体を奪われた柳生十兵衛の話。妖術が出てくるというだけでとことん胡散臭いが、さらに拍車をかけるのが次のような説明だ。

此処で断っておきたいことがある。徳川家康影武者説が南條範夫氏や隆慶一郎氏の創見でないように、柳生十兵衛二人説も、実は筆者の独創ではない。これを最初に唱えたのは、ソウル在住の考証史家黄算哲氏である。*1
この「黄算哲(ファンサンチョル)」なる人物は、第3話「陰陽師・坂崎出羽守」では「鶏林大学校教授」という肩書きで登場するが、正体は不明だ。おそらく、『黒死館殺人事件』に登場する「小城魚太郎」と同類だろう。
『十兵衛両断』にはこの種のギミックがふんだんに用いられていて、冷静に考えれば絶対にあり得ないはずの荒唐無稽な物語なのに、なぜか圧倒的な説得力で読者に迫ってくる。これはもう山田風太郎の域に達している。
だが、それだけではない。
最終話「剣法正宗溯源」は、江戸にやってきた朝鮮通信使が、日本の剣術のルーツは朝鮮にあると主張するところから始まる。史上名高い剣豪たちはみな朝鮮人で、日本に帰化して朝鮮剣法を伝えたのだ、と。なんだか、どこかで聞いたような話だ。これはマクラに過ぎず、本当はそのあとの展開が無茶苦茶凄いのだが、さすがにそれは書けない。自分で確認してほしい。
全5話、どれもこれも比類なく面白いのだが、馬鹿馬鹿しさでは「太閤呪殺陣」がいちばんか。それと表題作のラストシーン、二人の十兵衛の対決も面白かった。これって、あの名作の……あ、これ以上は言うまい。
山田風太郎ファン、隆慶一郎ファン、そしてそれ以外の伝奇活劇小説ファンもみな読むように。

*1:65ページ。