一語一句の話

びっくり館の殺人 (ミステリーランド)

びっくり館の殺人 (ミステリーランド)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

以前、『びっくり館の殺人』を読んでいたとき、次のような文章が目にとまった。

あれからほぼ十年半がすぎた今、ぼくは東京でひとり暮らしをしている。身分はT**大学の文学部四回生。*1
さて、東京近辺の大学で「○回生」という言い方をするところがあっただろうか……。もしかすると探せばあるのかもしれないが、かなり稀なケースだろう。綾辻行人はなぜわざわざ「四年生」ではなく「四回生」と書いたのだろうか?
たぶん、実際のところは、作者本人が京都大学出身のため、ついうっかり書いてしまったという程度のことなのだろう。でも、そんなありきたりの解釈では面白くないので、あれこれ考えているうちに、一つの解釈に思い至った。それは、「ぼく」が学籍を置いている「T**大学」は関西にある、というものだ。にもかかわらず「ぼく」が東京に住んでいるということは、まともに大学に通ってはいないということになる。これはちょっとした叙述トリックだ……と思ったのだが、すぐ後の303ページの記述でその可能性はほぼ否定されることに気づいた。がっかり。
全然話は変わるが、ある知人がゴールデンウィークにイエメンへ旅行した。その際、『春期限定いちごタルト事件』と『夏期限定トロピカルパフェ事件』を持って行ったそうだ。この知人はめったに小説を読まず、ミステリにも全然関心がない人なので、どうして<小市民>シリーズを読む気になったのか不思議なのだが、本人に訊いたところ、空港での待ち時間に読むための本を探しに本屋に行ったら、たまたま文庫の平台に2冊並べて置いてあり目にとまったから、ということだった。
さて、帰国した知人から電話があった。何の用かと思えば、「あのシリーズの舞台って名古屋付近なのか?」と訊かれた。そんなこと訊かれても答えられるわけがない。舞台に具体的なモデルがあるのかもしれないが、少なくとも実名はどこにも出ていなかったはずだ。それはともかく、知人が<小市民>シリーズの舞台が中京地方ではないかと思った理由が、「車校」という言葉が出てくるからだという。

「それも、『待て』だ。車校の送迎バスに乗ったからといって、目的地が車校とは限らない。単に便利な交通機関として便乗しているだけで、車校自体には用がないかもしれん」*2
知人がいうには、「車校」という言葉は中京圏独特のもので、他の地方ではまず使われることがないとのこと。そう言われれば確かに今まで一度も聞いたことがないし、「しゃこう」と入力しても変換候補に出てこない。ただ、『春期限定いちごタルト事件』を読んでいる最中には全く気にならなかった。文脈から「自動車学校」の略語だということは明白だからだろう。
どちらの例も小説そのものの価値とは何の関係もない瑣末はことなのだが、自分で気づいた件と他人に言われるまで気づかなかった件を並べてみると、何か見えてくるものがあるのではないかと思った次第。
もっとも、結果としては何も見えてこなかった。

*1:びっくり館の殺人』301ページ。

*2:春期限定いちごタルト事件』205ページ。このほか「車校」という言葉は何箇所かで出てくる。