内側からにじみ出る面白さ

ジャジャ 8 (8) (サンデーGXコミックス)

ジャジャ 8 (8) (サンデーGXコミックス)

先頃、6巻*1で完結した『鉄子の旅』は、鉄道趣味という比較的マイナーなテーマ*2を扱いながら、テレビアニメ化するほどの大ヒットと作となった。マイナージャンルでありながらメジャー作品となったのにはさまざまな要因があるだろうが、思い切って一言でいえば、徹底的に外側から描いたからだと思う。鉄道趣味を持たない人の立場から、鉄道趣味の奇矯さ、鉄道趣味人の異形の論理を克明に描写し、異文化としての鉄道趣味を外側の人々に伝えたのが『鉄子の旅』だ。
こうして、鉄道趣味をもたない多くの人々に好評を博した『鉄子の旅』だが、逆に内側の人々の人々にとっては複雑な感慨をひきおこすこととなった。確かにマンガとしては面白いし、無知無理解に基づく偏見に満ちているわけではないから感情的に反発する要素はあまりない。だがしかし……。この文章は『鉄子の旅』を紹介するのが目的ではないので、かわりに鉄道ファンが書いた『鉄子の旅』評*3にリンクしておくから、興味がある人は参照されたい。
さて、前置きが長くなったが、ここから『ジャジャ』の話。
『ジャジャ』はバイクという比較的メジャーな趣味*4を扱っているが、あまりヒットしている作品ではないように思う*5。バカ売れはしないが堅実に固定読者に読まれている、という感じだろうか。もっとみんな読めばいいのに。
『ジャジャ』には相当マニアックなバイク関係の知識が盛り込まれているが、それにもかかわらず、バイクに全く興味や関心がない読者が読んでも面白い。その点では『鉄子の旅』と似ているのだが、先ほど述べた『鉄子の旅』の特徴とは逆に、『ジャジャ』は徹底的に内側から描いた作品だ。つまり、バイク趣味を異文化としてではなく、自らの拠って立つところとして描き出しているのだ。しかし独りよがりになっていない。これが凄い。
この凄さをうまく分析することは到底できそうにないが、強いて説明するなら、

  • 物語としての読みどころがしっかりしているため、バイクファンでなければ理解できない要素を抜きにしても十分に楽しめる。
  • 一方「できあいのストーリー+バイク趣味」といった、とってつけたような感じがなく、プロット構成上バイクが必要不可欠なものとなっている。

……ということになるだろうか。バイクが必要不可欠なのに、それに抜きでも読めるとは不思議なことだが、実際にそうなっているのだから仕方がない。嘘だと思うなら、実際に読んで確かめてみるがいい。
さて、8巻*6のいちばんの山場は168ページのあのシーンだろう。いや、こんな形であのシーンを出してくるとは思わなかった。まったりと変わらない日常を描いているようで、こうやって少しずつ変化をつけていくのは巧みだが、これはそろそろまとめにかかっているということなのだろうか? 雑誌連載をチェックしていないので、先の展開が気になるところだ。
また、メインのストーリーとは関係ないが、個人的にちょっと感心させられたのは、184ページで言及される、ある実在の有名人の名前*7だった。有名人といっても、日本にはその人物の作品は1点しかないので、ごく一部の特殊な興味の人にしか知られていないはずだ。根拠はないが、日本のバイク乗りの90パーセント以上がその人物の名前を知らない、と断言しよう。ついでに言えば、日本の鉄道ファンの90パーセント以上も知らないだろう。要するに、日本人のほとんどの人が名前すら知らない有名人だ。だが、知っている人にとっては非常に大きな意味をもつので、作中での使い方のうまさに感心した次第。

*1:版元は小学館なので、「巻」ではなくて「集」だが、そんな細かいことを気にしてはいけない。

*2:鉄道趣味がマイナーかどうかは比較対象にもよるだろうが、少なくともマンガの題材としてはマイナーであることは間違いない。

*3:ただし、一般的な鉄道ファンは、これほどマンガに通じているわけではない。

*4:これも何と比べるかによるが、少なくとも鉄道マンガよりはバイクマンガのほうがはるかに多い。

*5:実売部数は知らないが、書店での扱いやネットでの言及の度合いを見る限りでは、『鉄子の旅』に及ばない。

*6:版元は小学館なので(以下略)。

*7:未読の人の驚く楽しみを奪うかもしれないので本文では明記を避けたが、この人のこと。ただし、リンク先と『ジャジャ』作中とでは表記が少し異なる。