ミステリ・フロンティアに最適な本

技巧派の新鋭、福田栄一の新作は東京創元社ミステリ・フロンティアから出版された。これは非常にめでたいことだ。というのは、福田栄一の作風とこのレーベルの相性がいいように思われるからだ。
ミステリ・フロンティアというレーベルをよくご存じの方にはあらためて説明するまでもないが、このレーベルは「ミステリ」と名乗ってはいても、必ずしもガチガチのミステリばかり出版しているわけではない*1。ミステリというジャンルに目配りをしつつもその枠にとらわれずに、概ねデビュー後5年以内の新人作家*2を大胆に起用し、そこそこの成功を収めているらしい*3このレーベルこそ、特定のジャンル小説の枠に収まりきらない福田栄一にはふさわしい。
まあ、どんなレーベルから出ようが中身が変わるわけではないので、面白い小説なら面白がればよく、つまらない小説ならがっかりすればよいだけのことなのだが、世の中そう割り切れるわけではなく、レーベルには独自の「色」のようなものが染みついていて、読者はあるいは意図的に、またあるいは知らず知らずのうちに、レーベルの「色」を頼りに本を買う。特定のレーベルに属さない単行本の場合にも、ハードカバーにはハードカバーの、ソフトカバーにはソフトカバーの「色」がついている。その「色」と小説の中身がずれていると、本当にその小説を読んで楽しめる読者の目には触れずに、そうではない読者の手に渡ってしまうこともある。福田栄一がこれまであまり注目されてこなかった*4いちばん大きな理由はこのミスマッチにあったのではないかと思う。もちろん、ミスマッチのおかげで福田作品を手に取ったという特殊例もある*5ので、ミスマッチが常に悪いわけではないのだが、やはりレーベルないしパッケージが想定している主要読者と、小説の内容が強くアピールする読者層が一致しているに越したことはない。その意味で、このたび『エンド・クレジットに最適な夏』がミステリ・フロンティアから出版されたことが慶事だと思うわけだ。
なお、「福田栄一の小説はいくつか読んだことがあって気に入っているのだけど、ミステリ・フロンティアはどうも……」という人も中にはいるかもしれないが、心配には及ばない。レーベルにあわせて無理矢理作風をねじ曲げたわけではなく、いつもの福田栄一の持ち味がそのまま出ているからだ。『A HAPPY LUCKY MAN』や『玉響荘のユーウツ (トクマ・ノベルズ Edge)』を読んで楽しめた人は、レーベルの「色」など無視して素直に読めばよろしい。『メメントモリ (Edge)』のファンもたぶん大丈夫。『あかね雲の夏』の愛読者は……んー、ちょっとわからない。でも、試しに読んでみてもいいと思う。
では、過去に福田栄一の小説を読んだことがなくて、かつ、ミステリ・フロンティアにもあまり馴染みがない人はどうか。問題ない……と思う。というか、どういう人がこの小説を読めば、思いっきり拒否反応を示したり、怒りのあまり投げ捨てたりするのか、ちょっと想像がつかない。もちろん、人の好みはそれぞれなので、ものすごく面白いと思う人もいれば、それなりに面白いとしか思わない人もいるだろう。でも、全く福田作品を読んだことがない人のうち、どのような人がどれくらい気に入るのかを事前に予言することはできないので、とりあえず読んでみてはいかがかとしか言えないわけだ。
なお、今月の講談社ノベルスの新刊ラインナップ*6福田栄一の『監禁』*7が入っている。2箇月連続刊行だ。
たぶん、ここ数年のうちに、福田栄一は人気作家の仲間入りをするのではないだろうか。そんな予感がする。外れたらごめん。

*1:かといって、富士見ミステリー文庫ほどミステリアスなわけではない。

*2:一部例外もある。また、どの作品をデビュー作だとみなすかによって例外とも言えるし、例外ではないとも言える作家もいる。

*3:書店の文芸棚を眺めてみたときの印象による。実際の販売実績は知らない。でも、ほぼ毎月コンスタントに出ているのだから、それなりに売れてはいるのだろう。

*4:ネット上の読書系サイトを巡回した印象による。よって相当バイアスがかかっているはずだ。

*5:ここを参照。たぶん、「メイド喫茶」というフレーズがなければ、『玉響荘のユーウツ』は読まなかっただろう。

*6:リンク先はたぶん毎月更新されるので、来月になれば情報が変わっていることと思う。

*7:ここでは「福田栄一:著・編」となっているが、たぶん何かの間違いだろう。