「離れた家」は比類のない大傑作なので、ミステリファンもそうでない人もみんなこぞって読めばいいと思う

離れた家―山沢晴雄傑作集 (日下三蔵セレクション)

離れた家―山沢晴雄傑作集 (日下三蔵セレクション)

補足

見出しですべてを言い尽くしたが、これでは納得できない人のために少し補足しておく。ただし、これを読んだからといって納得できるとは保証しかねる。真に納得するためには「離れた家」そのものを読まなければならないだろう。
さて、「離れた家」はなぜ傑作なのか? それは、この小説に大きな欠陥*1があるからだ。「大きな欠陥がないから」ではない。「大きな欠陥があるにもかかわらず」でもない。大きな欠陥があるということ、それが「離れた家」を比類なき傑作たらしめている大きな要因になっているのだ。
およそ「傑作」と讃えられる芸術作品には二つの種類のものがある。一つは、その作品が属する芸術ジャンルに共通の評価基準を高い水準で満たしている作品だ。そしてもう一つは、既成の物差しを軽々とへし折って投げ捨ててしまい、かわりに当該作品そのものを評価基準として提示するような作品*2だ。「離れた家」は後者にあたる。「離れた家」にとって、それが内包する欠陥はその価値を減じるものではなく、その価値を減じるべき評価基準の無効を宣言するものなのだ。
むろん、それは読者を置き去りにした独りよがりを意味するのではない。「離れた家」で扱われている事件の構造は非常に複雑だが、語り口は難解でもなければ晦渋でもない。むしろ平易で明晰だから、ちゃんと日本語の字面を追える読者なら最後まで読んでも何が書いてあるのかがわからないということはないはずだ。もし、そのような誤った先入観を抱いている人がいたなら、この機会に誤解を解いていただきたい。
『離れた家 山沢晴雄傑作集』には「離れた家」のほか10篇の短篇が収録されている。「神技」の続篇が「厄日」であること*3を除けば各篇の内容に繋がりはないので、どれから順に読んでも理解が妨げられることはない。ただし、配列に工夫を凝らした編者の努力に報いるためにも、できれば最初から順に読むことをお勧めしたい。

*1:残念ながら、これは未読の人に説明するわけにはいかない。読めばわかる、とだけ言っておこう。

*2:探偵小説だと、たとえば『黒死館殺人事件』など。ラノベ読みなら『絶望系 閉じられた世界』あたりを連想してみるといいかもしれない。

*3:厳密にいえば続篇ではなく、ちょうど木々高太郎の「新月」と「月蝕」の関係に等しい。なお、「神技」は「かみわざ」ではなく「しんぎ」と読む。