聖母マリアが大石内蔵助に、イエスが吉良の首に

今朝の毎日新聞の読書欄を見ると、雑誌「國華」第1342号所載の「安田雷洲筆『赤穂義士報讐図』の原図をめぐつて」の紹介記事があり、その隣に2枚の図版が並べて掲げられていた。1枚は本間美術館蔵の安田雷洲「赤穂義士警報図」*1で、もう1枚はオランダ聖書協会蔵のアルノルト・ハウプラーケン「羊飼いの礼拝」だ。新聞の粗い印刷でも2枚の図版の構図がそっくりなことがわかる。
江戸時代の洋風画家、安田雷洲がオランダの銅版画を下敷きにして、おさなごイエスを抱きかかえる聖母マリアの姿を吉良上野介の首を持つ大石内蔵助の姿に置き換えて描いたのが「赤穂義士警報図」ということらしい。変だ。あまりにも変すぎる。
この件には興味がそそられるのでできれば「國華」に掲載された論文を読んでみたいものだ。今度図書館で探してみよう。なお、ネットで検索してみると、asahi.com:「赤穂浪士討ち入り」掛け軸 聖書の版画を大胆に模倣 - 文化一般 - 文化・芸能という記事が見つかった。
ところで、4年ほど前に「アレクサンドロス大王と東西文明の交流展」という展覧会が東京国立博物館兵庫県立美術館で開催された*2のだが、その展覧会にも変な展示物があったことを思い出した。それは、パキスタンから出土したレリーフで、有名な「トロイの木馬」の伝説を図像化したものだが、同時にシッダールタの出家出城という仏伝の一場面も表しているという不思議な作品だ。当時のその地方にはローマ人の仏教徒がいて、2つの伝説の双方に通じた人々を対象に制作したものらしいのだが、現代人の目からみると非常に奇妙なものにみえる。また、同じ展覧会では、ギリシアの北風の神ボアレスの図像がクシャーン族の風神ウァドーを経由して日本の風神雷神図屏風へと到る過程も展示されていた。この展覧会のみたときの驚きは今でも忘れることができない。
さらに記憶を辿ってみると、同種の驚きはバッハの『クリスマス・オラトリオ』を初めて聴いたとき*3とか二階堂黎人の某長篇*4を読んだときにも感じたものだが、そこまで話を広げてしまうと収拾がつかなくなるので、この話はこれでおしまい。

*1:本間美術館サイト内の所蔵品紹介ページでは「赤穂義士復讐図」となっている。

*2:兵庫県立美術館のサイト内に特設ページが残っていたので参考のためリンクしておく。

*3:その前に『マタイ受難曲』を聴いたことがあったので、例の「受難コラール」は知っていた。なお、後で知ったことだが、『クリスマス・オラトリオ』でバッハはほかにヘラクレスをイエスにしてしまうという荒技(?)を披露している。

*4:念のためタイトルは伏せておく。似た趣向の京極夏彦の長篇よりも先に書かれ、しかも驚きの程度ははるかに勝る。小説全体の狙いは違うのでふたつの作品を単純に比較して優劣を論じることはできないが、少なくともこの点においては二階堂作品はもっと評価されてしかるべきではないか、と強く力説しておく。……でもタイトルを伏せて力説しても仕方ないいよなぁ。