蛇口

年老いた行商人が蛇口を鞄に詰めて街から街へと売り歩いていた。ただの蛇口ではない、人体専用蛇口だ。
ふつうの蛇口は水道管に取り付けるが、人体専用蛇口は人間の体に取り付ける。
ふつうの蛇口は捻れば水が出るが、人体専用蛇口は捻ると血が出る。
水道が止められても心配ご無用。体中がからからになるまで、流れ出る血が止まることはありません。さあさ、そこ行くお嬢さん、あなたもお一つ蛇口をいかが。カミソリやカッターよりもスマートですよ。
行商人はこれまで何度も繰り返してきた口上で、人々の興味を惹き、蛇口を売る。今日は10個売れた、まずまずだ。あたりが暗くなり、街を歩く人の姿もまばらになってきたので、店じまいして宿へと向かう。
ふと夜空を見上げると金平糖のような星が瞬いている。行商人は若い頃、菓子職人になろうと思って修行していたことを思い出した。あともう一息で立派な菓子職人になれるところだったのに、職業性砂糖アレルギーが発症して夢は断たれた。今ではしがない蛇口売り。
「ねえ」と行商人を呼び止める声。「あたしにも蛇口を売ってくださらないかしら」と肥満体の娼婦が言う。行商人は鞄を開けて、蛇口をひとつ取り出した。
「この蛇口は体のどこにでも取り付けられますが、場所によっては血以外の体液が出ることもあるのでご注意ください」
「たとえば?」
「ほっぺたにつければ唾液が出ます。まぶたにつければ涙が出ます」
「胸につければどうなるかしら」
「母乳が出ることもありますが、出ないこともあります。つけてみないとわかりません」
娼婦はしばらく考えてから、蛇口を脇腹に取り付けた。軽く捻ると赤い液体が流れ出した。血だ。
行商人は、流れ出す娼婦の血を見て、急に気分が悪くなった。あれ、いったいどうしたことだろう、どうしたことだろう。蛇口から出る血なんて見慣れているのに。戸惑ううちにもどんどん体調は悪化していき、嘔吐とめまいが同時に襲い、やがて意識を失ってその場に倒れてしまった。
娼婦はそれを見届けると、蛇口をきゅっと締めてから、行商人の鞄を掴んで夜の闇へと消えていった。
そう、彼女は糖尿病を患っていたのだった。

あとがき

変な小説でごめんなさい。