ミステリの名作が科学ドキュメンタリーに化けた話

テレビ番外地―東京12チャンネルの奇跡 (新潮新書)

テレビ番外地―東京12チャンネルの奇跡 (新潮新書)

オビに「ハレンチ学園」とか「モンティ・パイソン」とか書いてあったので、興味をそそられて手にとってみた。数ある新書レーベルの中でも特に内容が薄いのが魅力の新潮新書なので、一時の暇つぶしになれば十分だと思って軽い気持ちで読んでみた。その予想は外れてはいなかったのだけれど、一つだけ無茶苦茶面白いエピソード*1があったので紹介しておこう。
東京12チャンネル*2は当初、財団法人が運営する科学技術教育局だったので、放送時間の40パーセントは科学技術教育番組でなければならなかったのだが、それでは視聴率がとれないので一般番組を多く放送していた。しかし、監督官庁である郵政省に報告する書類では科学技術教育番組をちゃんと放送しているかのように書く必要があった。

保健とか生理学とか医学といったタンゴがこじつけられるスポーツ番組はまだ楽だったのですが、本数の多かった劇映画にはほとほと困りました。詭弁強弁ではとても間に合わず、冷や汗ものの嘘も沢山つきました。たとえばわらの女」というサスペンス映画はその題名故に、「麦の品種改良に挑戦、見事成功した女性科学者の記録」といった具合です。*3

わらの女』といえばミステリ史に燦然と輝くカトリーヌ・アルレーの傑作だ。もっとも、「不朽の古典的名作」の仲間入りはしそこねてしまった感がある。ミステリファンを自称する人の中にも読んでいない人が結構いる。一昨年、昼ドラマ化*4をきっかけに出た新版は今ならふつうに買えるので、ぜひ手にとってもらいたいものだ。

わらの女 【新版】 (創元推理文庫)

わらの女 【新版】 (創元推理文庫)

東京12チャンネルで放映されたのは、たぶん1964年のイギリス映画「Woman of Straw」だと思う。この映画は未見だが、あらすじ*5を見た限りだと、原作とはある点で大きく異なっているが、少なくとも麦の品種改良とも女性科学者とも全く無関係だという点で原作と映画は共通している。
東京12チャンネルから郵政省への報告文書の作成中、局員たちはきっと「比類のない神々しいような瞬間」を迎えたのだろう。

*1:ただし、これを無茶苦茶面白いエピソードだと思える人がどのくらいいるかは謎だ。

*2:今のテレビ東京

*3:『テレビ番外地』35ページから。文中の強調は引用者。

*4:「美しい罠」というタイトルで2006年7月から9月にかけて放送された。美しい罠 - Wikipediaによれば、かなり好評だったらしい。

*5:リンクはしないが、検索すれば簡単に見つかる。