読むだけは読んだ

小田牧央氏の犯人当て小説「玖乃杜モノクローム」の問題篇*1を読んだ。
いきなり最初にルールが提示されるのはいかにもこの作者らしいが、フェアプレイを徹底するための明示的な規定がかえって無根拠さを強調しているように感じられるのもいつも通り。というのは、このルールそのものが虚偽ではないということを明示的に保証するものが何もないということだ。むろん、「ルールのルール」を追加すれば済むという問題ではなく、最終的には「作者を信用する」という読者の決断が必要となる。私見では、ミステリ作品に附されるルール説明は、フェアプレイを保証するものではなくて、既に暗黙のうちに作者と読者が了解しているはずのことを確認するだけの機能しか持たないし、それ以上の機能を持たせるべきではない。そう考えると、【ルール2:単独犯】には問題が大きいように思われる。なぜなら、この小説の本文を読んだ限りでは、単独犯だという暗黙の了解が得られそうにないからだ。犯人当てに特化したミステリの適正な長さに収めるための苦肉の策なのだろうと思うが、いきなり冒頭にこのような人工的なルールが提示されると、謎解きへの意欲を駆り立てられるよりもむしろ小説を読む意欲を削がれてしまう。
とはいえ、この程度のことで挫けてしまうわけにはいかない。いや、別に挫けても何も問題はないのだが、もしかすると最後まで読めば何か素晴らしい宝物に巡り会えるかもしれない、という希望が多少ともある限り、スルーしてしまうのはもったいない。そこで、まずはざっと一通り読み、次に平面図行動表を見比べながらポイントとなりそうな記述を遡って読み返し、最後にもう一度最初から読み直してみた。メモはとっていないので、犯人当て小説の読み方としては極めてルーズだが、昔とは違って集中力もミステリへの熱意も薄れてしまったので、これ以上労力を割くことはできない。
登場人物の中にはカニクイザルはいなさそうだ、とか、おそらく時代背景は江戸時代ではないだろう、とか、行動表は一人称ではないから【ルール4:地の文の信頼性】には拘束されないに違いない、とか、そういうことはわかったが、それ以上のこと、すなわち解答応募フォームに犯人特定理由を記入して送信できるだけの推理は思いつかなかった。当てずっぽうでいいなら、犯人の名前もトリックも書けるのだが、その人物が犯人であるといえる根拠や、それ以外の別の人物が犯人ではあり得ないと断言できる根拠がどうしても見つからなかったのだ。
ところで、この程度の規模の小説で、登場人物一覧に名前が出てくる人物が12人もいるというのは、ちょっと多すぎだと思うのだけれどどうでしょう?

*1:リンク先では「問題編」と表記されている。これがタイトルの一部なら原表記を尊重すべきだが、そうではないと思うので、ふだん使っている「問題篇」という表記を用いることとした。